バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

磨く

久しぶりに自己嫌悪に陥っていて、なんだか吐きそうなくらいになっている。なんというか、いつまで経っても人間的に成長できない自分に呆れている。

ここ数ヶ月、自己を磨くことを意識して過ごしてきた。暗いトンネルから出て、必要な空気を吸い、「さあ、これからやるぞー!」と張り切ってずんずん進もうと思っていたら、蹴っ飛ばされて湖に落とされたという比喩が成り立つくらいごぼごぼと沈んでいったのだけれど、それでも私はびしょびしょになりながらなんとか湖から這い出てきた。このままの私ではびしょびしょすぎて風邪をひいてしまうので、少しでも強くなれるようにたくさんの人に会って会話をし、心の安定もはかってきた。

実際、ある程度の成果は形になって表れていて有難いことだと思っている。

けど、まあ、足りんのよ……お恥ずかしい。

まだまだってことなら、進んでいくしかないので引き続きぴかぴかになるまで磨いていこうと思う。

目標は光る泥団子だな。

あそこまでたどり着いたらどんな世界が見えるのだろう。

 

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f:id:bambi_eco1020:20191021201953j:image

毎月恒例「本の会」に参加した。

メンバーが少しでも入れ替わると、話す内容や空気が変化することを何回か参加してみて気がついた。隣にいた方がはじめて参加された人だったため、話しかけずにはいられなくてどうでもいいことを話しかけていた。その場にいる人達が仲が良ければ良いほど、アウェー感があって居づらいことってあるんじゃないかと私は思っている。そんな時は、私の人見知り気質をどこかへ追いやってでも、居づらそうな人が少しでも気楽になれるようにつとめてしまう。きっと、不安に思っている誰かの顔が私のように見えるのだろう。「大丈夫だよ。私もそうだよ」と言いたいのかもしれない。

今回の本の会で私は「石たちの声がきこえる」と「このよでいちばんはやいのは」の2冊を紹介した。

「石たちの声がきこえる」はシリアから逃れる難民の話を色んな色の石で描いた絵本だ。紛争が起きている危険な地から、船が沈没することもなく新しい地へ降り立った人々をを見たとき、私達は簡単に「良かったね」と思ってしまっていないだろうか。確かに危険は減った。けれど、もう楽しい日々を過ごした地に帰ることはない。平和とは何かをもう一度考えるきっかけになると思う。無機質なはずの石から冷たさも温かさも感じられる素晴らしい絵本である。内容的にはもしかしたら難しいと思う子どももいるかもしれない。けれど、私の記憶をたどると内容がわからなくても、絵のインパクトで覚えている絵本がたくさん存在している。大人になってから再会し「ああ、こんな内容だったんだ」と思ったことは数えきれない。内容の難しさはきっと綺麗な石たちが助けてくれるだろう。

 

もう1冊の「このよでいちばんはやいのは」については先日書いたので、こちらを読んで頂きたい。 

bambi-eco1020.hatenablog.com

他の人が紹介していた本も興味深く、雑談が楽しかった。

日常会話ではあまり話題にならない事柄について話をするのが楽しいのかもしれない。

私はもっと広い世界を見なければいけない。

私には想像力があるのだから。

 

 

 

 

石たちの声がきこえる

石たちの声がきこえる

 

 

 

「書くこと」の原動力

雨の音が響く部屋でこの文章を書いている。

ブログをはじめてからだいぶ経つけれど、子育てや料理、書評、映画評などのように何かに特化したブログではない雑記ブログのため、ずっとのんびりと好きなことを書いている。

裏を返せば、特化していないだけに人間的な部分が漏れ出ているブログかもしれないと思う。

ブログをやっていて良かったと思うのは、もやもやした思いを抱えたときに、できるだけ言語化するようになったことだ。得体の知れない「なにか」の正体を暴くことは私が次のステップへ進むための補助となっているだけではなく、言葉について考える機会を与えてくれている。

これからもだらだらと書いていこうと思う。

 

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前回の記事でも書きましたが、SUUMOタウンで文章を書かせて頂きました。

そういえば、書いた思いとしてもうひとつ触れておきたいことがありました。

それは、志を持って発信をしている方々を少しでも皆に知ってもらいたかったことです。

商業ベースで考えたときに、厳しいところで頑張られている方々に私は支えられてきました。

夏に東京へ行った際に寄らせて頂いたお店で「来年も来ますので続けていて下さい!」と勝手なことをエールのつもりで発してきましたがその言葉は相手にたいして失礼なくらい軽いことだったのではないかと思っています。

文章を書くことを依頼して頂いたのであれば、私は文章で皆さんを応援させて頂きたいと思いました。

三重県の演劇や本関係の皆さんの活動は友人から話を聞くことも度々ありましたし、私も目にしてきました。

一個人の書くことですから、何の足しにもならないかも知れませんが、やらないよりはやった方が良いと思いました。

SUUMOタウンの文章中に言葉でしか出していませんが、エスカルゴ牧場の社長さんの熱意、とんぼの研究をされている方のあつすぎてなかなか終わらない話、四日市公害の全容を地元民に知ってもらおうとボランティアで話をしてくれた方も全部引っくるめて私は刺激を受け、書くことへの原動力となっております。

人に触れることで私は自分の足場を踏み固めてきたように思っています。

これからもお世話になると思いますし、私も自分の出来ることを頑張っていきたいと思っています。

 

感性と想像力は自分で磨いていきますよ。

言葉を紡げるように。

 

 

SUUMOタウンに寄稿しました

SUUMOタウンで記事を書かせて頂きました。

 

suumo.jp

 

SUUMOタウンがどういった媒体であるか理解したうえで私にはどんな「三重県」が書けるのかしばらく考え、出した答えがこちらの記事の内容でした。

しかも強気に「この角度でしか私の三重は語れません!」と言い切りました。

三重県」には海や山、由緒正しき場所、美味しいところ、隠れおもしろスポットなどみどころはたくさんあるのでしょう。

ですが、私が三重県に来た時に思った「何もない」という感情がどこから湧いてでてきたものかがずっと心のどこかに引っかかっていました。

何もわからない地で相談できる人もおらず、仕事(当時からフルタイム勤務でした)とワンオペ育児で終わっていく日々。楽しいところを探す時間さえも奪われ、子どもが2人になってからは熱が39℃出ようとも運動会で走っていました。

こども達との生活が忙しいながらもなんとか回せるようになって、急に寂しさが襲ってきて、東京に住んでいる友人達に「会いたいよ。つらいよ。」と泣きついたこともありました。

遠方の友人達は優しかったけれど、私が生きていくと決めた地で楽しさを見いだせないのは私自身の視野の狭さにもあると思いました。ですので、まずは自分が楽しめそうなお店を巡って、そこから数珠つなぎのように活動範囲を広げました。

あくまでもSUUMOタウンですので三重県は良いところよ!ってPRがいちばんなのですが、裏テーマとしては見知らぬ土地で頑張っている皆さんに私が少しずつ動いたお話をさせて頂きたかったのが本音です。

 

こちらの記事に登場する場所やモノはすべて私にとって大事なものです。

また、記事に登場する場所にアポイントを取った際「嬉しいよ!」とお返事頂いた方も多かったと聞いてほっとしました。

 

「いやいや、三重にはもっといいとこあるよ!」

そう思われた方、仰る通りです。

これは私が私の居場所を探すために動いた、私個人の話です。

三重の魅力はたくさんあると思うので、皆さんから見える角度から語って頂ければさらに楽しくなるでしょうし、私もそのお話を伺いたいです。

 

三重に縁のない方も、どうぞいらっしゃい。

楽しいお話しましょうね。