読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

バレーボールをしていました〜中学校編~その2

3年生が引退し、新しい部長(キャプテン)を決めることとなった。

 

私達の学年にはいつも連絡係をしてくれているCちゃんがおり、Cちゃんは統率力も人望もあったため、私も含め全員がCちゃんは部長になると思っていた。

当日。教室で顧問の先生を待っていると「えこ、ちょっと手伝ってー」と顧問に職員室へ資料を取りにくるよう指示された。

職員室で資料を受け取り教室へ戻ろうとすると、顧問3人に呼び止められ、こう言われた。

 

「あのな、部長をやってくれないか?」

 

 ん?んん?

センセイ、イマ、ナント、オッシャイマシタカ?

頭の中がカタコトになるぐらい驚いてしまった。

「Cちゃんがいるじゃないですか」と言ってみたのだが、Cちゃんはレギュラーになれるかなれないか微妙なラインで、顧問としてはレギュラー内にキャプテンとなる人が欲しいのだと言われた。

「ねぇ、引き受けてよ」

女性のO先生もぐいぐいくるし、3人の大人に囲まれてここで断れる人がいるなら教えてもらいたいよ・・と思いながら、致し方なく「・・・はい」と答えた。

おそらく教室へ戻ってから、みんなの「なんで?なんでCちゃんじゃないの?」という視線を浴びるであろう覚悟をして。

教室へ戻り、先生からそのことが伝えられるとざわつきはあったものの、Cちゃんが副部長になる方向でとりあえず落ち着いた。(Cちゃんの顔はこわくて見られなかったけど)

そんな訳で、頼まれて部長をやることになったのだが「引き受けた以上は責任を果たそう」と心に決め、また練習に励むことにしたのだ。

 

さて、以前から書いているように私はとにかく「上手くなりたかった」のだが、みんなの「楽しくやれれば良い」という意識は変わる事がなく、もどかしさでいっぱいだった。

無理強いすることも出来ないので、自分自身の向上を図っていたけれど、大会でエースポジションになることにはずっと違和感があった。

小学生の時、すでに自分はガツンとスパイクを打つようなエースではないとわかっているのにも関わらず、そこのポジションであること。

自分より体格的に恵まれていて少し練習すれば、威力のあるスパイクが打てると思われる人がいるのに・・と思わずにはいられなかった。その子達が機能すればもう少し強くなれるチームであるのは明確だったのだが、その辺は私の力不足な面もあったのだと思う。

(だってね、部室でお菓子を食べていた子がいて、1週間の部活停止になったぐらいの意識だったもの。奉仕作業(草取り)して、頭を下げて、反省文も書きましたよ・・にょにょ)

 

私は授業が終わるといつも真っ先に体育館へ向かっていた。もちろん、たくさん練習したいからである。だが、みんなはお遊び気分なのでなかなか来ず、Y先生とマンツーマンで練習する時間も多々あった。

そうなると「えこってもしかしてY先生が好きなんじゃないの?」みたいな話を出されたりして、面倒なことこの上なし。いやいや、あなた達が来ないからでしょ??

そんな噂とかも面倒だったが練習はしたいので、私は部活とは別にある週に1回のクラブ活動の時間もバレーボールを選択した。

通常、バレー部の人でクラブもバレーボールを選ぶ人はあまりいない。なぜならバレーボール経験者が初心者とやっても面白くないからだ。

実は私がクラブ活動もバレーボールを選んだのには訳がある。たぶん、バレー部の人は知らなかったと思うのだが、クラブの時間になるとM教頭が度々来てくれることがあるのだ。

M教頭は男性で身長は165cmぐらいしかないのだが、バレー経験者でワンハンドトスが上げられるぐらい上手かった。初心者の子達が簡単なゲームをしている横で、私はM教頭に部活並みの指導をしてもらっていたのである。

これは良い時間だったと今も思っている。そんな教頭がいて本当にラッキーだった。

 

私が3年生になると1年生も入部してきて、バレー部は50人を超える大所帯となった。

まとめるだけで一苦労だったし、先輩風を吹かせたがる子がいたため後輩のフォローもしたりで、あっと言う間に時が過ぎていき、引退試合となっていた。

その頃の私はエースポジションに違和感を感じながらも「上がってくるボールがあるのだから、これをいかにして相手コートへ落とすか?」を日々考えていて、以前より色んな打ち方が出来るようになっていたと思う(下手は下手なりだったけど)

この辺は『ハイキュー!!』に書いてある通りで、追い込まれれば考えるのだ。

ブロックアウトを狙うのが上手くなってきたのもこの頃だと思う。

そう言えば『ハイキュー!!』の中でこんなセリフがある。

「勝てるって確信が持てなくても  周りの連中に"絶対に無理だ"って言われても
俺達は、主将(おれたち)だけはそれを言ったら駄目だろう」

これは私もそう思っていたし、どんなに負けそうな試合でも口にしたことはない。

だが、後に顧問から聞いた話によると、私は追い込まれてくると顔が青ざめるらしい。

なんだよ!口に出さなくても顔に出ちゃってるのかよ!と思った。こればかりは隠せなかった…(笑)

 

結局、引退試合も2回戦で負けてあっけなく終わった。ここでも泣くことはなかった。

泣けるほど何かを成し遂げたわけではないと思っていたからだ。周りが泣いているのをどこか遠いことのように感じていた。

 

さて、そんな大したことないチームにいたにも関わらず、私にK商業からバレーボールでの推薦がきた。K商業は常に県大会へ出るぐらいのレベルはあるチームだった。

学校数が多い県において、県大会へ出場しているチームかどうかはある程度、強さを表す指標であった。

だが、私には行きたい高校があったのでお断りした。教頭からも顧問からも「いいの?」と聞かれたけれど、バレーボールで高校へ行く気が全くなかった。

だけれども、評価をしてくれたことだけは感謝をしている。少しだけ自信が持てた。

 

高校と言えば地元であるN高校のバレー部も県大会レベルであったため、教頭にめちゃくちゃ勧められていた。「いけ」と。担任や顧問じゃなく教頭に進学する高校を勧められる人はどれほどいるのでしょう?疑問(笑)

まあ、地元の高校は何かとつきまとう(主に兄の影w)ので私は少し離れた場所にある女子高へ進学することにした。

 

一般推薦もスポーツ推薦もない、普通科のみの女子高。

 

この選択は最高に良かったと思ってる。

 

次回。高校編その1。お楽しみに♪(長い。これ、いつ終わる?)

 

関連記事:

バレーボールをしていました〜小学校編 - バンビのあくび

バレーボールをしていました〜中学校編~その1 - バンビのあくび

 

 

ハイキュー!! 4 (ジャンプコミックス)

ハイキュー!! 4 (ジャンプコミックス)

 

  

ハイキュー!! 5 (ジャンプコミックス)

ハイキュー!! 5 (ジャンプコミックス)