汗がだらだら出るようなとても暑い夏の日。
「こんなに暑い中で寝てられんやろ・・」
誰もが思うぐらいのそんな日に、私はなぜか朝寝坊をした。ありえない。自分で自分を疑った。目覚めた時、寝間着は汗でぐちょぐちょで扇風機が右から左へゆっくりと首を振りながら静かに風を吹かせていた。
「はぁぁ・・今から図書館へ行ってももう席なんて取れないや・・」
打ちひしがれ、もう一度枕に顔をうずめる。だが、この暑さの中で二度寝をすることは出来なかった。ノロノロと立ち上がり、とりあえず着替えることにした。あ、その前にシャワーを浴びるとするか…。
寝坊した私は、図書館での勉強は断念しなければいけなかったが、受験生である以上今日やることは「勉強する」の一択のみ。
ほんの1か月前は体育館でもっと違った爽やかな汗をかいていたのに、なんだろう?この無気力感。きっと、この生活に慣れればもう少しやる気になるはずだ!と自分に言い聞かせながら、朝食のトーストを一口かじった。
口を動かすのもだるく、モニャモニャモニャモニャと半分夢を見ながらなんとか食べている時に「そうだ!」と急に思い出した。まるで、マンガの中の登場人物が閃いた際、頭の上に出る豆電球みたいにピカッ!と思い出した。
「公民館で勉強しよう!」
以前兄が、近くの公民館が夏場は会議室を解放していて、自由に勉強が出来ると言っていたのを思い出したのだ。公民館なんて穴場でないのかい?ふふん♪
調子に乗った私は、慌てて朝食を済ませ身支度をし、自転車に飛び乗った。
田んぼの真ん中を抜け、幼稚園の前を通り、グランドを横目に見ながら進んでいるうちに公民館へたどりついた。
公民館の中へ入ってみると、右手にある会議室に「自習室」と掲げてあるのが目に入った。
「おおっ!本当にあった♪」
ホッと安心したけれど、ドアが閉まっていたため会議室の中の様子がわからない。
ドアをバンッ!と勢い良く開けて注目されたらどうしよう…なんて気が小さい私は考えてしまい、ここはドアをゆっくりと押し、中をチラリと覗く作戦に出ることにした。
ドアノブに手をかけ、少しずつ押してみる。中が見えた。勉強しているのは男の人が1人だけだった。私はドアをもっと押し、小さな声で「しつれいします……」と言いながら中へ入ると、入り口横にあった利用者名簿に名前を書いた。
次に部屋の後方に畳んであるキャスター付きの長机をコロコロと引っ張ってきた。組み立てようとしたら慣れないせいか上手く出来ない。アホな子みたいに手間取っているとキミが勉強の手を止め、やって来て手伝ってくれた。
「あ、あ、ありがとうございまふ」
お礼の言葉をどもるあたりが、更にアホっぽい。
恥ずかしいので、もうキミの存在は忘れ、勉強に集中することにした。受験で生物を選択することにしたのに、理系クラスではなかった私は先輩からもらった参考書とにらめっこしながら1つ1つ覚えていった。勉強は全くわからない状態から少し理解出来るようになると俄然ヤル気が出てくる。なかなか良い調子で勉強を進めていた。始めてから1時間ぐらい経った頃であろうか。
「あの…英語の辞書、持っていたら貸してくれませんか?」
すでに忘れた存在であったキミが話しかけてきたのだ。先ほどのお礼に…とばかりに辞書を貸してあげられたら良かったのだが、私は赤血球やら細胞分裂ばかり勉強していたので、英語の辞書なんて持ってきていなかった。私の役立たず!と心の中で自分にポカポカと蹴りを入れた。
「す、すみません。持ってないです…」
「…そうですか」
ちょっぴり申し訳ないなぁと心の何処かで思いながら、また勉強に集中することにした。会議室は冷房が効いていて涼しく、とても静かで大変気に入った。また明日もココで勉強しようと思った。
お昼になり、家に帰る支度を始めた。午後も来ようかな?どうしようかな?と考えながら長机を片付け、バッグを持ち外へ出た。外はセミの声がうるさく、うだるように暑かった。
この中を自転車で帰るのか…と気が重くなりながら、自転車に鍵をさす。
「家、どっちの方ですか?」
突然話しかけられ、振り向くとキミがいた。
「ああ、あの幼稚園の方ですねぇ。家はもっともっと先ですけど」
「僕、同じ方角なんで途中まで一緒に帰りませんか?」
キミはそう言いながら、自分の青い自転車に鍵をさした。
えっと…こう言った場合はなんて答えるべきなのか?いえ、遠慮しておきます?はいはい、そこまでなら良いですよ?かな。色々頭を巡らせたけれど、口から発する言葉が見つからず私は無言のまま自転車に乗りペダルをこいだ。
キミは私に続くように自転車に乗り、私の横に並ぶと色々と話しかけてきた。
「ココで良く勉強してるんですか?」とか「学校はどこなんですか?」とか。
質問だけではなく、自分のことも話してきた。「○○高校なんですよ」とか「ハンドボール部だったんですよ」とか。
ペダルをこぎながら、この不思議な時間はなんだろう?と思った。先ほどまで知らぬ人であったキミと話をしているのはなんでだろう?と思った。
幼稚園の前を過ぎ、田んぼが見え始めた時、「僕の家、こっちなんで」と左手を指差してから、キミは自転車を止めた。
私も合わせるように自転車を止めた。「そうですか。ではまたお会い出来たら良いですね。さようなら」そうキミに伝え、自転車を漕ごうとペダルに足を置いた。
「ちょっと待って。明日も公民館に来ますか?」
「う…ん。そのつもりですけど、わからないです」
「あ…あのね、実はあなたに一目惚れしたんです。ドアを開けて入ってきた時から。付き合うとかそんなのはまだ良いんですけど、とりあえず友達になってくれませんか?」
キミは恥ずかしそうに下を向きながらそう言った。
セミがミーンミーンと鳴き続け、青田の稲がユラユラと揺れている中でキミは確かにそう言ったんだ。
私は何か言わなくちゃと思いながらもまた自分が発するべき言葉を見失っていた。
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