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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『ざらざら』

 

皆様ごきげんよう。

こども達が通う小学校でもインフルエンザによる学級閉鎖が出始めました。

メールが来るたびこどものクラスではないか?とビクビクしております。

そんな中、またまた今回もこちらに参加させて頂きます。

【第4回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

よく考えたら私ってば第0回から皆勤賞じゃないですか。あら、あら(笑)

そんな感じでおヒマな時に読んで頂けると嬉しいですー。

*** 

 

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『ざらざら』
 

 直人が住んでいた団地のすぐそばに『しまだ』はあった。

『しまだ』は学校から帰った子ども達がわんさか訪れる人気の駄菓子屋さんで、直人も例にもれず小学生時代の放課後の大半を『しまだ』で過ごした。『しまだ』はおじいちゃんと言うにはまだ早いくらいのおじさんとおばさんの2人で切り盛りしている店であった。

直人の家は共働きであったため、学校から帰っても「おかえり」と言ってくれる人がいなかった。直人は静まり返った動きのない空気で淀んだ部屋へ入ると、小走りで自分の部屋へ向かいランドセルを放り投げた。そしてダイニングテーブルの上に置かれた100円玉を握りしめ、急いで玄関の戸を開け外へ飛び出した。

『しまだ』までの道をずんずんと歩いていく。途中で同じクラスの美奈子をみかけた。ピンクのワンピースにレッスンバッグを持ったところから察するに習い事のピアノへ向かうのだろう。美奈子はいつも可愛い服を着ている。生地が薄くなり袖が伸びている自分の服を見て直人はふぅとため息をつき、顔をあげた。

『しまだ』に着くと、すでに10人ほどのこどもが駄菓子を選んだり、ゲームで遊んだりしていた。

「よぉ、来たか」肩にポンと手をかけてきたのは『しまだ』のおじさんだった。

「こんちは」直人はおじさんに向かって笑顔で答えた。

向かって右手の方にゲーム機が数台、真ん中には左右分かれるように様々な駄菓子が所狭しと並び、左手にはもう開かないのではないかと思うほど錆びついたガラスケースが置いてあった。ガラスケースの中にあるブリキのおもちゃはいつでも真っ直ぐ前を向いて目を見開いていた。

直人はいつものように駄菓子を選び始めた。ココアシガレット、梅ミンツ、うまい棒を2本。それをおじさんに差し出すと「あと、糸引き飴」と言った。

「あいよ」

おじさんは糸引き飴の入った箱を直人の前に持ってくると「大きいの、当たると良いな」と微笑みながら直人の手の行方を追っていた。直人がこれっ!と引いた糸の先には砂糖がいっぱいついた小さな三角形の飴がついていた。直人はすぐに口の中へ放り込んだ。飴の表面についた砂糖が舌の上でざらりざらりと動き回った。口から糸を垂らしほっぺたを飴の形に膨らませた直人に「はい、おまけ」とおじさんはフィリックスガムを握らせてくれた。

おじさんは少額の買い物でも気前よくおまけをつけてくれた。だが、おばさんはほとんどおまけをくれることがなかった。遠足のおやつなどを買う時は店内が人で溢れかえっているため、おじさんおばさんどちらも大忙しで勘定をしてくれるのだが直人は出来るだけおじさんの方へ選んだお菓子を持って行くのだった。

直人は残ったお金で国盗りゲームをしたり、アーケードゲームをしている上級生を眺めたりしていた。口の中にあった飴はとうに消え、ざらざらとした甘さだけが頬の内側にはりついていた。

空に赤みがさしてきたのを確認し、直人は『しまだ』を出た。団地までの道をぽつりぽつりと歩いた。家のある棟に着き、階段を登ろうとした時、隣にある公園にピンクの影が揺れていることに気づいた。そっと公園をのぞいてみると、ピンクのワンピースを着た美奈子がぎぃぎぃと音を立てながらブランコをこいでいた。美奈子は泣いていた。ほとんど声も立てず、頬を伝う涙だけがきらりと夕陽に照らされていた。直人はしばらく動けずその場に立ち尽くしていた。

「あ…直人くん…」

美奈子は直人に気づくとブランコをこぐのを止めた。きぃきぃと音を立てたブランコが止まると美奈子は指先で軽く涙を拭った。

「今日ね、ピアノのレッスンがあったんだけど全然うまく弾けなかったの。怒られてばかりですっごく嫌な気分だったから、すぐに家に帰りたくなくて・・」

美奈子は下を向いてまた涙を拭った。

直人はポケットに手を突っ込みフィリックスガムを探し当てると美奈子の前にずいっと差し出した。

「これ、やる」

直人が更にずいっと手を差し出すと美奈子はか細い声で「ありがとう」と言い、直人の手からガムを受け取った。しばらくパッケージを眺めていた美奈子はガムの包みを開け、ガムを半分に割ると「一緒に食べよ」と、直人の手のひらに割れたピンクのガムを押しあてた。

ふたり一緒に口の中にガムを放り込んだ。イチゴの香りが鼻を抜けた。直人がぷーっと風船のように膨らませたガムに美奈子は「すごいすごい」とはしゃいでいた。

赤く照らされたふたりの顔と長い影が明日がまた来ることを知らせていた。

 

***

「ねえ、お父さん。だがしってなに?」

読んでいた本から視線をあげ宏樹は直人にたずねた。

「駄菓子ってのはだな、わくわくするお菓子だ」

直人の答えを聞いた宏樹は首を傾げ、ん?と考えるそぶりをした後

「そのわくわくするだがし、食べてみたい!」

目をきらきらさせ、早く食べさせてよお父さんとばかりの勢いで興奮しながらそう言った。

「駄菓子を買うなら駄菓子屋さんへ行かなくちゃな」

直人はそう言いながら、かつて自分が通っていた『しまだ』を思い出していた。

「じゃあ、ちょっと出かけてみるか」

直人は息子に向かってそう声をかけると、身支度を済ませ車に乗り込んだ。直人の自宅から『しまだ』のあった場所までは車で1時間ぐらいの距離だ。『しまだ』に最後に行ったのはいつだろう、20年ぐらい前だろうか。今は何もないかも知れない。けれど、ドライブも良いだろう。そんなことを思いながら助手席に座った宏樹の頭を眺めた。

国道を抜け、郵便局を右に曲がり、スーパーを通り過ぎると幼い頃暮らしていた団地が見えてきた。当時は真新しかった団地もところどころ亀裂が入り過ぎた年月を感じさせていた。団地から200m進めば『しまだ』のあった場所だ。直人はじわりと汗をかいた手でハンドルを握りながらゆっくりと車を走らせた。

「お父さん!あそこ、『だがし』って書いてあるよ!」

宏樹が窓の外を指差しながら弾んだ声で言った。

宏樹が指を差した先には「だがし しまだ」と書かれた看板のある白い壁の建物があった。直人が通っていた『しまだ』とは違う外装で、まだ建てられて数年ぐらいに感じられた。

直人は2台しか止められない小さな駐車場へ車を入れ、エンジンを切った。先を急ぐ宏樹に手を引かれ転びそうになりながら店のドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

おじさんだった。そこには直人の知っているおじさんがいた。けれど20年の月日が経っているのだ。そんなはずはない。冷静になり、もう一度おじさんの顔を見ると、口の大きさや眉毛の形が違っていることに気づいた。ああ、もしかしたら息子さんなのかも知れないと直人は思った。

「お父さん、これ食べたい」

宏樹は目の前に並べられた色とりどりの駄菓子に夢中になっていた。モロッコヨーグル、さくらんぼ餅、餅太郎、うまい棒・・宏樹は次々と小さなカゴに入れていった。直人はぐるりと店内を見渡した。すると奥の小さな座敷に座っている小柄なおばあさんと目があった。おばさんだった。年老いてはいるが、間違いなく直人の知っているおばさんだった。あの頃よりも小さくなり、皺が増え、幾分表情も柔らかいおばさんの姿がそこにあった。かつてのおばさんは直人ににこりと微笑むと「可愛らしい息子さんですねぇ」と言った。

 「お父さん、欲しい物選んだよ」

宏樹は小さなカゴを直人に手渡した。

「どれどれ、幾らか数えましょう」

おばあさんはそう言いながらカゴを受け取ると「10円、30円・・」と数えだした。

「お父さん、この糸がついたやつはなあに?」

宏樹が不思議そうに見ていたのは糸引き飴の箱だった。直人は今も糸引き飴があるのかと懐かしく思いながら「それはね、糸の先に飴がついているんだよ」と宏樹に説明した。

「僕、これも食べたいよ」

宏樹の声を聞いたおばあさんは数えていた手を止め「どうぞ。大きいの、当たるといいね」と言い、箱を宏樹の前に差し出した。宏樹がこれっ!と糸を引いた飴は砂糖のついた大きな平べったい飴だった。「あら、すごい。それはあたりなのよ」おばあさんの言葉を聞き、宏樹ははしゃぎながら飴を口に入れた。

「僕もやってみようかな」直人の声におばあさんは「どうぞ。大きいの、当たるといいね」と箱を差し出した。直人が引いたのは砂糖がいっぱいついた小さな三角形の飴だった。「お父さんの飴、小さいね」飴の入った口をモゴモゴさせながら宏樹は勝ち誇ったように言った。

直人は三角形の飴を口に入れた。周りについた砂糖がざらざらと舌の上を駆け回った。

「全部で320円になります」

直人は財布からお金を取り出すとおばあさんに渡した。

「どうもありがとう。ぼく、これおまけだよ」

おばあさんはそう言うと宏樹の手にフィリックスガムを置いた。

直人は驚き、パッケージの変わったフィリックスガムとおばあさんの顔を交互に見つめた。

おばあさんの丸く下がった肩の向こうでブリキのおもちゃがこちらをじっと見つめていることにその時直人は気づいたのだった。

お店の戸をそっと閉めて外へ出た。

「かあさん、またおまけしたでしょ?うちは10円20円のやっすい物を売ってるんだからおまけしなくてもいいの!」

小声ではあったが、店の中からおじさんの声がした。直人は思わず口元を緩め空を見上げた。

厚い雲が何重にも重なり今にも雨が降ってきそうな空だった。

ぽつん。雨粒がアスファルトに落ちた。

ぽつん。雨粒が直人の頬に落ち、ツーッと頬を伝った。

「宏樹、早く車に乗るぞ」

直人は車のドアを開け座席にドサッと座った。そして助手席に慌てて乗り込んだ宏樹に「なぁ、おまけでもらったガム、お父さんと半分こしないか?」と目を細めて言ったのだった。

直人の頬の内側にはまだ、砂糖のざらざらとした甘さが後を引くように残っていた。

  

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