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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『桜の花』

皆様、ごきげんようー。
 
特に何かをしている訳ではないのですが、気持ちだけがなんだか慌ただしいです。へいへい!
 
さてさて。今回も「のべらっくす」に参加させて頂きます。
 
 
お題「桜の季節」はなかなか難しかったですー。
お時間のある時に読んで頂けると嬉しいです。耳をパタパタさせて飛び上がります。
ではどうぞ☆
 
 
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『桜の花』
 

あの日。

颯太は桜の木の下で泣いていた。
 
*   

今日は小学校の入学式の日だと言うのに、莉子は家を出る時間が遅くなってしまった。一緒に行くお母さんがネックレスがないと騒ぎ出したからだ。お母さんは引き出しを開けたり閉めたりしながらなんとかネックレスを探し出し、廊下をパタパタ走ると「莉子、急いで!」と大声で言った。
外は太陽が照っていてきらきらと光っていた。そんな景色も今のお母さんの目には見えないようで、莉子の手をぐいぐい引っ張りながらいそいそと歩いて行く。莉子は「入学式」と書かれた校門をくぐり、校舎へと向かった。下駄箱で上履きに履き替えようと屈んだ時、何処からか泣き声が聞こえた気がした。莉子はきょろきょろと辺りを見回してみた。すると桜の木の下で泣いている男の子がいたのだ。
坊主頭で膝から血を流している男の子は満開の桜の下で声をあげて泣いていた。少し離れたところにいた母親らしき人が慌てて駆け寄り、濡らしたハンカチで膝を優しく包んだ。
「莉子、早くしないと!」
お母さんの声に莉子はびくんとした。「早く早く…ってお母さんは急かしてくるけど、そもそも遅刻しそうになったのはお母さんのせいでしょ」と莉子は思った。莉子は唇をキュッとしめて心の中でお母さんに向かって「あっかんべぇー」をした。
 
「えっと、莉子は1年1組ね」
壁に貼られた大きな紙を眺めながらお母さんはそう言った。莉子は「1ねん1くみ」と書かれた札がついている部屋へ入った。部屋の中にはたくさんのお友達がいた。みんな、綺麗な服を着ており、少し緊張しているみたいだった。莉子は自分の名前シールが貼られている席に座った。
「あ、りこちゃん。同じクラスだ」
振り返ると同じ幼稚園に通っていた春奈ちゃんだった。莉子は顔の横で小さく手を振りながら春奈と微笑みあった。
莉子の隣の席はまだ空いていた。お隣はどんな子だろう?仲良くなれるかな?期待と不安がマーブル模様のようにぐにゃぐにゃと混ざり合った。
 
「ほら、颯太の席はそこよ」
女の人の声が聞こえ、隣の椅子がガタンと動いた。そこに座ったのは先ほど桜の木の下で泣いていた男の子だった。颯太と呼ばれたその子は目を薄っすら赤くして、口をムスッとへの字に曲げていた。どうしよう?話しかけずらいな、莉子は思った。
「あら、あなたもしかして莉子ちゃん?」
机に貼られた名前シールを見た颯太の母は莉子に話しかけた。莉子はなんで私のことを知っているのか不思議に思った。首を傾げ、颯太の母の問いかけに答えて良いものか迷っていると、「あら、あなた颯太くんなの?」と今度は莉子のお母さんが颯太へ話しかけていた。
莉子と颯太は顔を見合わせた。お互いに知らない子だと思った。
「あなたたち、同じ病院でうまれたのよ」
「そうなのよ、颯太と莉子ちゃんは誕生日が1日違いでね」
お母さん達は嬉しそうにお互いの子を「大きくなったわねぇ」と話していた。だが、莉子にとっての颯太はやっぱり知らない子だった。ただ莉子はさっきより少しだけ颯太に興味を持った。
颯太くん、これからよろしくね」
「…うん」
颯太はへの字に曲がっていた口を真一文字にして、気の無い返事をした。
 
1年、2年と小学校での生活を重ねるうち、颯太がどんな子であるか、莉子もだんだんわかってきた。颯太は運動が得意なお調子者だった。みんなの前で流行りのお笑い芸人のものまねをしたり、バカなことやいたずらをしてはみんなを笑わせた。入学式の時に感じた取っつきにくさは一切見せず、ひたすら明るい男の子だった。対する莉子はクラスの中でも存在が薄く、学校をお休みしてもみんながあまり気づいてくれないほどだった。けれど、休んだ次の日に学校へ行くと「昨日はどうした?腹が痛かったのか?」と颯太はおちゃらけながらも莉子に聞いてくるのだった。
莉子は自分と颯太の住む世界は少し違うと思っていた。輪の中心になっている颯太とぎりぎり輪に入っている自分との間には見えない壁が何重にもある気がしていた。だから颯太が自分のことを気にかけてくれることは本当に嬉しかった。産まれた病院が一緒で、入学してすぐ隣の席だったという小さな繋がりがあることもただただ嬉しかった。
 
そんな思いを抱いたまま、莉子の小学校生活はあっという間に過ぎ去っていった。
 
***

今日は卒業式だ。
莉子はいつもより一段明るい世界の中にいた。
自分にとっての節目や嬉しい出来事があった時、莉子の目にはいつもより少しだけ明るい世界が見える。他の子もそうなのかなと思ったこともあるけれど、言葉で上手く説明出来ないので聞いてみたことはない。
小学校まで歩いて行くのは今日が最後。莉子は一歩一歩踏みしめて歩いた。
1年生の時は小さな歩幅でちょこちょこ歩いていたが、今は比べ物にならないほど大きな歩幅で歩けるようになった。
学校の正門で春奈ちゃんに会った。春奈ちゃんは紺色のスーツにひらひらしたレースの襟をのぞかせていた。
「莉子ちゃん、とうとう最後の日になっちゃったね」
「うん…」
「莉子ちゃん引っ越しちゃうから寂しいな。手紙も書くし、また会って遊ぼうね」
「うん」
春奈ちゃんが悲しそうに声をかけてくれたので、莉子は思わず泣きそうになった。
 
体育館で卒業式が始まると、莉子は過ぎ去った6年間を思い出さずにはいられなかった。次々と浮かんでくる記憶のフィルムにはいつも颯太の姿があった。
莉子は卒業式はお別れではなく、出会いへの一歩だと聞いたことがあったけれど、今は悲しみと寂しさの青い色が胸いっぱい広がっていた。鼻がつんとした。みんなの笑顔を見ればみるほど、青い色が身体中に広がって莉子を飲み込んでしまうのではないかとさえ思っていた。
 
卒業式が終わり、外に出た。
皆が次々に帰り始めたというのに、莉子のお母さんは颯太の母とずっと話し込んでいる。引っ越しをするのでその話をしているのかも知れないなと莉子は思った。
不意に校庭を眺めると、桜の木の下に颯太がいることに気がついた。莉子はゆっくりと桜の木に近づいて行った。
 
「ねぇ、覚えていないかも知れないけれど、入学式の日になんでこの場所で泣いてたの?」
莉子は6年間ずっと聞いてみたかった質問を颯太へ投げかけた。
「おまえ、見てたのか。そこに平均台があるだろう?あれから足を踏み外して落ちて転んだんだ」
「そうなんだ。そう言えば膝が赤かったね。運動が得意なのにけっこうドジなんだね。あはは」
「笑うなよ。あの時さ、白いちょうちょが2匹、ひらひらと飛んでたんだよ。それが綺麗だなぁと思って眺めてたら平均台から落ちてたんだ。俺、バカみたいだ」
へへっと颯太は笑った。莉子もつられて笑顔になった。
風がそよそよと莉子と颯太の間を通り抜けた後、颯太は静かな声で再び話し始めた。
「あのさ、ちょうちょに見とれて平均台から落ちたのは本当なんだ。けど…実は入学式の前の日に飼ってた犬が死んじゃってさ。白い犬だったんだ。めちゃくちゃ可愛かったんだ。あの日、ひらひらと舞っている白いちょうちょを見たら、なんだか死んだ犬が「さようなら」って言ってる気がしたんだ。バカにされても良いけど本当にそう思ったんだ。そしたらさ、涙が止まらなくなってな…」
莉子は黙ったまま自分の足元を見つめていた。
 
「私ね、引っ越しするの」
「知ってる」
「みんなともう会えなくなるって寂しいね…」
 
そう言った途端、莉子は卒業式でも流さなかった涙が目の中にどんどん溢れてきた。頬をつぅっと涙が伝った。莉子はポケットからハンカチを取り出し、ハンカチの中へ顔をうずめた。
 
「ちゃんと『さようなら』って思うと、桜の木が涙を吸い込んでくれるから。バカみたいと思っても信じろよ。俺がそうだったように」
 
颯太が莉子の肩にポンと手を置いた。その手のひらは思っていたより大きくて温かかった。
 
 
この日。
 
莉子は桜の木の下で泣いた。
けれど、涙は桜の木がすぅっと吸い込んでくれると知っている。
 
 
まだ花が咲いていないと思っていた桜の木にはぽつんとひとつだけ花が咲いていた。
明日、明後日、次々と桜の花は咲いていくのだろう。
きっと涙を吸い込んだ数だけ桜の花は咲いていくのであろう。