バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『今も、昔も、これからも。』

 皆様、いかがお過ごしでしょうか?

急に暑くなり体がついていかず、五月病になる前に体調の優れない方もいらっしゃると思います。

はい、私もそうです。

ダラっとしていたい気分です。
 
さて。今回ものべらっくすに参加させて頂きます。

【第7回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

お題が「未来」なのですが、どうにもこうにも難しくてこんな「おはなし」が仕上がりました。

お暇な時にお読み頂けるとたこのように吸いつきます!

***

『今も、昔も、これからも。』

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「ほんとに結婚するの?」

「そうみたいね。」

そうみたいって自分のことではないか。照れてんな、このやろう!と心の中で冬子は呟いた。
こないだまで夏海は「冬子とはずっと一緒にいたいの」なんて言ってたくせに。まったく都合良くころころと変わるもんだ。
「冬子も何度か会ってるからわかると思うけど、春彦といるとラクなのよ。飾らなくても良いって言うか、ほら春彦っていつも寝癖頭をポリポリ掻いてあくびばっかしてるじゃない?こっちも干物女みたいな感じでオッケーだし。それに何より優しいのよね。よく気がつくし」
それは理解出来ると冬子は思った。
春彦は大勢の中ではいるのか居ないのかわからないぐらい影が薄い。けれど、誰かが落ち込んでいる時にさりげなく気づいて声をかけるのはいつも春彦だった。あのボーッとした出で立ちからはこんな細やかさがあるなんて全く想像つかなかった。あの目はボーッと一点を見つめているようで実は虫と同じ複眼なのではないかと思えてしまう。それでいて、鳥のように俯瞰的に物事も捉えられるのだから春彦は只者ではない。
「ねぇ、春彦ってさ、夏海といる時はもっとしゃべるの?」
「ん…そうでもないね。けど、聞き上手よ。私がわぁわぁ1人で喋ってる」
夏海はふふっと笑って答えた。
「夫婦漫才みたいに夏海がぐわぁーと喋って春彦がツッコミみたいな感じ?」
「まあ、それなら良いけどぉ、春彦のツッコミはまだまだなのよね。もう少し鍛えないと。冬子ぐらいツッコミが上手いと言うことないんだけど!
夏海は冬子を眺めながら悪戯っ子のような笑みを浮かべた。。冬子も頬を緩め、手にしたコンビニ袋から缶ビールを取り出した。
「ちょっと肌寒いけど、ほれ」
「さんきゅ。でも今日はそっちのオレンジジュースちょうだい」
夏海はコンビニ袋にビールを戻し、薄味でおなじみのオレンジジュースを取り出した。
「夏海が結婚かぁ。で、なんでそんなめでたい報告をわざわざこんな夜更けに、たこ公園でするのよ?」
プシュ。冬子が缶ビールを開ける音が辺りに響いた。
たこ公園。正式名称は「ツマキ町丘の上公園」と言うのだが、たこの足を滑り落ちる何とも奇妙で可愛らしい遊具のインパクトからいつの間にか「たこ公園」と呼ばれるようになった。かつては子ども達に人気の公園で、平日休日問わずたこの足に絡みついたり滑り降りたりする子でいっぱいだった。しかし、現在は赤いたこの色も所々剥がれ、たこがサメにでも襲われたかのような姿をしている。
「たこがハゲるぐらいになっちゃったけど、昔はここで良く遊んだよね。懐かしいでしょ、冬子」
「懐かしいけどさ、夜のハゲたこはちょいと不気味すぎやしません?夏海さん」
赤いペンキが落ち、剥き出しになったコンクリをがさがさ撫でながら、冬子は三日月を見上げていた。
「ははっ。私もさ、ここまで夜のたこ公園が不気味だとは思わなかったよ。っていうか、このたこ、お腹の部分がえぐられてトンネルになってると思うとけっこうグロいね」
「こら、更に怖いじゃないのよ。えぐられて…って夢のない言い方ね。もう少しさ、言い方あるでしょ。たこの体内に入ったかのような感覚を味わえる…とか」
ぐびっとビールを喉に流し込み、冬子は言った。
「体内ね。そりゃまた良い表現だ。じゃあ、私もそのトンネルに入ったらこの子の気持ち、少しわかるかも」
夏海はぺたんこのお腹をさすりながら微笑んだ。
「ん?まさか、あんた、もしかして…」
「そう。お腹に赤ちゃんがいるの」
「ん、あ、あかちゃん?ちょっとビックリしすぎて何言っていいかよく分からない。けどさ、おめでと」
「うん、ありがと。ねぇ、一緒にたこの体内に入ろうよ」
夏海は冬子の手を握るとたこのトンネルに向かって歩き出した。急に手を引っ張られた冬子はビールをこぼしそうになりながら、よたよた歩いていく。
「ちょ、あんまり急がないの。それに少し肌寒いからトンネルに入ったらさっさと帰ろう」
「らじゃー」
夏海と冬子はトンネルに辿り着くと、体を中腰にしてぺたぺたと中へ足を踏み入れた。
たこのトンネルの中は薄っすらと砂が落ちていてひんやりと冷たかった。
「ここはつめたいところですね。冬子さん」
「そりゃ、コンクリだからね」
「この子は私のお腹の中で冷たい思いをしてるかな?」
「いや、それはないでしょ。夏海はコンクリじゃないからちょっとは温かいはず」
「私はうるさくてすぐに頭に血が上っちゃうから、常夏かも知れないわ。暑くてごめんね、ごめんねー」
夏海が自分のお腹に向かって話しかけた。二人はからからと笑い出した。
「なんでここでU時工事なのよ!それだったら、島木譲二のごめりんことか横山たかしのすまんの〜とかあるじゃないの」
冬子の言葉にそっちの方が知らない人いるんじゃないのかなぁと答えながら夏海はからから笑った。
その声はトンネル内に反響し、さらに大きく陽気な声に聞こえた。
 
「そうそう。これを冬子に渡そうと思って」
夏海はポケットからウサギの絵が描かれている可愛らしい便箋を取り出した。
「なにこれ?ラブレター?あ、わかった。結婚式に親へ書く手紙みたいなやつ?わざわざかしこまっちゃって…いいのに、そういうの」
冬子が照れてヘラヘラしながら手を伸ばすと夏海は「違うよ」と言った。
「覚えてない?20年前に書いた手紙だよ。20年後に手紙が届くってやつ、あったじゃん。その時に私は冬子へ、冬子は私に宛てた手紙を書いたでしょ。それが届いたの。昨日」
そう言われてみれば、そんな手紙を書いたなぁと冬子は思い出した。小学生の頃に夏海の家で書いたのだ。
「これが20年前の私が冬子へ宛てた手紙。そんでこっちが冬子から私への手紙。この手紙を一緒に読みたくてたこ公園に連れてきたの」
手渡れた封筒には小さな丸い文字で「冬子ちゃんへ」と書かれていた。
「なんかドキドキするね。くだらないことしか書いてなかったりして」
冬子はウサギのシールをはがし、封を開けると、中の便箋を取り出した。
 
冬子ちゃんへ
いつも遊んでくれてありがとう。
ゴレンジャイごっこ、楽しいです。
次はなにレンジャイにするか考えるのがとても楽しいです。
20年後も同じようにゴレンジャイごっこをして遊んでくれるのかな?
そうだとうれしいです。
 
P.S.夏海は冬子ちゃんが大好きです。
 
夏海より
 
「何この手紙、ゴレンジャイって!」
冬子は笑いながら夏海に便箋を渡した。
夏海はにへっと笑い「で、これが冬子から私への手紙ね」とクマの絵が描かれた便箋を冬子へ渡した。
 
夏海ちゃんへ
いつも仲良くしてくれてありがとね。
夏海ちゃんがいるから毎日楽しいです。
ゴレンジャイ、なかなか考えるのがむずかしいけど、
夏海ちゃんが笑ってくれるからうれしいです。
私は夏海ちゃんにずっと笑っていてほしいです。
これからもよろしくね。
 
冬子より
 
「でた。またもやゴレンジャイ!私達、この頃どんだけゴレンジャイごっこをしてるのよ。アホみたい」
「ね。ほんとに。でもさ、同じこと書いてるのってちょっぴり嬉しいね。20年後に渡す手紙なのにさ。20年後もゴレンジャイごっこをする訳ないのに……いや、するね。私達ならやりかねない」
二人は顔を見合わせてけらけら笑った。
「私達って何年経ってもやること変わってないね。…手紙、ありがとう。この『冬子ちゃんが大好きです』って言葉がとっても嬉しいよ」
「当たり前じゃん。結婚はするけど、冬子のことはずっと大好きだから。この子が産まれたら、ゴレンジャイごっこ、一緒にしようよ」
「わかった。春彦も巻き込んでみんなでやろうね」
 
夏海と冬子が一緒にいる時は必ず笑い声で満ち溢れる。「双子みたいだね」って小学生の頃によく言われた。顔立ちは全く似ていないのに、二人でいつもころころ笑い転げているからだろう。
 
「冬子、さっきコンビニで買ったシャボン玉ちょうだい」
「ほいよ」
シャボン玉を受け取った夏海はたこの体内から這い出した。冬子も続いて外へ出た。
夏海はシャボン玉の蓋を開けながら「夜空に向かって上っていくシャボン玉って綺麗だから見ててよ」と冬子に言った。
 
夏海がふぅっとシャボン玉を吹いた。
まあるいシャボン玉は月明かりに照らされてぷわぷわと夜空を漂っていた。
その後、ゆっくり上昇しながら、三日月をぱくりと飲み込んだ。
次の瞬間、シャボン玉はぱちんと弾けて姿を消した。
 
ね、綺麗だったでしょう?夏海が問いかける。
 
冬子はただ微笑みながら、しばらく三日月を眺めていた。
 
 
 
 
***