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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

近くて遠いから、うれしくてさびしい。

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最近、といってもけっこう前からになるのだけれど、荻原魚雷さんのブログを度々読んでいる。なぜ、荻原魚雷さんのブログを読むのかと問われたなら、当たり前のように過ぎる日常を書いているからであるし、それともうひとつは荻原魚雷さんの故郷が三重県鈴鹿市だからである。

私は長く、埼玉県で暮らしていたが、その頃は地元に住んでいる作家等を意識することはまったくなかった。県単位で考えて見ると、埼玉県出身の作家や芸能人が多数いらっしゃるため、とくに誰かを意識することがなかったのだ。それが、三重県に住んでからはテレビを見るたびに「三重県出身」をなんとなく意識してしまうようになった。ああ、この人は三重県出身なのかと思うたびに、親近感さえわいてしまう。磯野貴理子小倉久寛椎名桔平足立梨花も。最近、ぱいぱいでか美も三重県出身と知りなんだか気になり始めてしまった。

いま、私が暮らしている町とあの人達が見ていた風景がどこかで重なり合う気がするだけでなんだか近しい人に感じてしまう。地方在住者の人で私と同じような思いを抱く方は少なからずいると思っている。

さて、話は荻原魚雷さんのブログに戻るが、荻原さんはたまに実家がある三重県鈴鹿市に帰省するのだが、そのときの日記がああ、うん、あそこねとわかるたびに嬉しくなる。

例えば、こちらのある日の記事。

 文壇高円寺: 京都と三重

近鉄に乗って行く様を読んでいるだけで、住んでいる者にとってはどのような風景か見えてくるし、ちょっとした道路の名前や店の名前を知っているとそれもまた楽しく思えてくる。鈴鹿ハンターのゑびす屋、田舎あられ(おそらく鈴鹿あられ)、コーミソース、どれもわかってしまう私はだいぶ三重県に馴染んだのだと思うし、それだけ埼玉が遠のいたのだと実感する。嬉しくて寂しい。そんな感じ。

 

***

こちらのブログで、私がバレー部に所属していたことを書いたことがあるが、そのときに顧問であったO先生が三月に定年を迎える。

O先生が定年だと聞かされたとき、高校生であった私の記憶と、それ以後に過ごしてきた年月を思った。高校生の頃の話はあんなに昔の出来事なのに、かなり鮮明に覚えている。自習になると、学食へ行ってポテトつまんだり、アイスを食べたりして過ごしたり、運動部のみんなでいろんなスポーツの大会を昼休みに開いたり。こないだ、制服が盗まれた話を書いたけれど、あの想いは高校生の私が感じたことであって、今の私が全く同じような感情を持つかといえば、違うと断言できる。良くも悪くもだいぶ年を重ねたのだ。

O先生が定年のため、三月にお祝い会を開催するようだ。毎年、OG会が開催されているが、遠方に住んでいるため10年くらい行っていない。お祝い会、都合をつけて行きたいと思っている。

きっと、そこで私は三重県に住んでいることをまた再確認し、同時に過ぎ去った時間を振り返り、少し寂しくなるのだ。

それもまた、地に足をつける意味で必要かも知れない。

 

私はふたりのこどもがいる母親であるかも知れないが

そのときばかりは生徒に戻ってみたい。

わたしが誰にも属さないわたしであることを、あったことを、

少しばかり感じてみたいのだ。

 

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閑な読書人

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