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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

それはこの町から出ていくためのものだった ~『空飛び猫』

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先日、ミルクロードを抜けて、雑貨屋Noviへ行った。

雑貨屋Noviも私にとっては居心地の良いお店で、置いてある食器、文具をゆっくり見て回った。そうして、いくつかの文具と本棚にあった古本を1冊購入してきた。

購入した本はアーシュラ・K・ル=グウィン村上春樹:訳の『空飛び猫』である。表紙を見てもわかるように翼の生えた猫の話だ。

ル=グウィンの有名な作品は「ゲド戦記」だと思うが、この空飛び猫シリーズも忘れてはいけないと思う。

村上春樹が読者の方から「村上さんならこういうのを訳してみたいと思われるんじゃないでしょうか」という手紙と一緒にこの本を送られ、翻訳することを決めたとあとがきに書いてあった。

ストーリーを簡単に書くと次のようになる。住むのにはあまり適さない、環境の悪い街中で生まれた、翼の生えた子猫たち。ある日、母猫は「あなたたちはここから飛び立つために羽を授かったのです」と子猫立ちへ告げた。子猫たちはそこから住む場所を求めて旅に出るのだった……。

その後の子猫たちは困難にあいながらも力強く生きていく。そしてあたたかくて、やさしい「手」に出会うのだ。

 

全体を通してみると、希望溢れる優しいファンタジーという感じだと思うのだが、細かく読んでいくと色々な見え方をする話のような気がする。

母猫は翼の生えた子猫4匹を送り出す際「新しいパートナーが出来たので、こども達は邪魔になるのです」とも言っていた。これは突き放すための優しさであり厳しさであるのだろうと思ったが、わりとシンプルな表現で書かれているので、同時に冷たさも感じてしまった。けれど、生きていくのって綺麗ごとばかりではいられないし、むしろこの表現の方が現実味があるような気がした。

動物にとっての「人間」という存在は、悪であるものとそうでないものの2つに分けられ、どのように見極めるか慎重になっている子猫を見て考えてしまった。人間が人間を見るのも難しいよなぁって。

 みんなは何をみて、自分との相性を見極めているのだろうか。私はいまだに手探りでよくわからずにいる。

 

この本における村上春樹の訳は素敵だと思う。

美しい表現もユーモアも、猫のしぐさの箇所も楽しく読み進めることができる。

(「この本における」と書いたのは、シルヴァスタインの『大きな木』は村上春樹より本田錦一郎の訳の方が個人的に好きだからである)

 

それから、猫ってやっぱり良いよなって思えた。

 

翼があるのはここから飛び立つため。

どんなことも何かしらの意味を見いだせたなら、次へつながる道が見つかるのかも知れない。

 

 

空飛び猫 (講談社文庫)

空飛び猫 (講談社文庫)

 

 

 ↓この本の中で、「空飛び猫」も紹介されていますー。

猫だましい (新潮文庫)

猫だましい (新潮文庫)