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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

白々と

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闇に埋め尽くされた世界がうっすらと明るさを取り戻したのを確認すると、アヤメは眠っている恋人にキスをしてからドアを開けて外へ出た。だんだん暖かい季節になってきたと思っていたが、アヤメの頬はしびれるような冷たさを感じ、思わずぶるっと身震いをした。

木々は音もたてずに揺れ、柔らかい光が降り注いでいた。遠くの方から聞きなれない鳥の鳴き声も聞こえてきた。アヤメは空を見上げると、光にかざすように手のひらを広げた。光は手の輪郭をくっきりと映し出した。

アヤメは空を眺めるのが好きだ。空を眺めるのが好きだと話すと、何を気取っているのかとか夢見がちなのではないかと言われることがあるのだが、アヤメは空を眺めることで自分の心の動きを感じているのだ。

雲に隠された太陽を見た時、こどもの頃は「どうして雲は明るい太陽を隠してしまうのだろう?雲って嫌なヤツだ」と思っていたが、大人になってからは「明るい太陽もたまにはひっそりと隠れたいのかも知れない。雲ってわりと良いヤツかも知れない」と思うようになった。風の強い日にものすごいスピードで動く雲を眺めては「意味もなく心が乱される時だってあるもんね」と空と自分を重ねていた。

アヤメが空に向かって手のひらを広げるのは自分自身が存在していることを確認するためだ。多忙な日々を送っていると、時々、自分が本当に生きているのか不安に思うことがあった。そんな時に空へ向かって手のひらを広げ、光が手の輪郭を映し出すと「生きている」と感じることができ、安心することができたのだった。

私は今日も生きている。

手のひらを下ろし、地面へ向けると、恋人の眠る部屋へ向かい、アヤメは歩き出した。

 

***

部屋に戻ると、恋人は重たい瞼をうっすらと開けて「おかえり」と言った。

「どこに行ってたの?」

「うん、ちょっと散歩したかっただけ。あんまり眠れなかったし」

「そっか。アヤメ、早起きだからまた寝顔が見れなかったよ」

恋人が微笑みながら話すのを聞き、アヤメは嬉しくて悲しかった。

アヤメは必ず恋人の寝息が聞こえ始めてから眠りにつく。眠い目をこすりながら無理して起きているという訳ではなく、恋人が眠ったのを見届けないと安心して眠りにつけないのだ。また、せっかく眠ってもその眠りは浅く、ほんの1時間もすれば目が覚めて眠れなくなってしまうのだ。恋人に不満はなく、心も許しているつもりでいるが、どこかに不安がつきまとっているのだろうか。妙な体質の自分に対し嫌気がさすこともあるのだが、こればかりはどうしようもない。

恋人がアヤメの寝顔を見られる日が来ることをアヤメ自身も待ち望んでいるのだ。

 

窓の外からにぎやかな鳥の声が聞こえてくる。

どうやらツバメが巣を作ったようだ。

 

「ねぇ、朝ごはん、なににしようか」

アヤメはふぅっと口から息を吐きだすと、まだベッドの中で毛布にくるまれている恋人を愛おしそうに眺めながら話しかけたのだった。