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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

そっと、そっと。

月に2回ぐらいの頻度で図書館へ行く。

土日に行くことが多いが、たまに仕事帰りに寄ることもある。

平日の夕方以降の図書館は人が少なく、とても静かで居心地が良いのだ。

あまりにも静かなため、私の足音もなんだかコツコツ響いてしまいそうな気がするので意識してそっとそっと歩いていく。時には頭の上に本を置いている気分になって、時には操り人形のように手足を引っ張られている気分になって、そっとそっと歩いていく。

先日、そっと歩きながらキノコの本が置いてある棚へ向かっていた。キノコの本が置いてある棚の付近はいつも人がいないので、そのつもりで角を曲がったのに、その日は高校生だと思われる男性がいて、一瞬、ビクッとして足を止めてしまった。男性も私に気づいてこちらを見たけれど、また手にしていた本に目を落としていた。

男性はキノコの本がある棚の向かい側の棚の前に立って本を読んでいた。

はて?

キノコの本が置いてある向かい側ってなんの本が置いてあるんだったっけ?

頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになると、確かめずにはいられなくなり、何事もないようにすました顔でキノコの棚まで進んで行き、ちらっと向かい側の棚を確認した。男性がいたのは数学とか物理とかそんな類の本が並んでいる棚だった。数学なんて中学校レベルまでが精一杯だし、生物と化学と物理だったらダントツで物理がわからない私にとってはそんな棚の前に立っている人はそれだけで「アタマ、イイデスネ!」と片言で語り掛けたくなるほど眩しく見えてしまう。

男性はそんなことを思っているアホな私など眼中にはなく、手元にある本を熱心に読んでいた。私はキノコの棚を眺めて(ここまでずっとキノコの本がある棚と書いてきているが、正確には「動物・自然」などと書かれている棚)面白そうな本を手にとっては棚に返し、また手に取って……をしばらく繰り返していた。

 

平日の夕方以降の図書館は静けさに包まれていて、人もまばらだ。

そんななかで見知らぬ人と背中合わせにまったく違う本を手にしているシチュエーションがふと、なんだか良いなって思った。

高校生でしょ、キミ。

うちの息子とたいして変わらないのにずいぶんと背が高いのね。

もうすぐ私も息子に追い抜かれるかしら。

 

夜のにおいが漂い始めると、寂しさと温かさが同じぐらいの比率でじんわりと私を纏い始めた。

 

 

***

私はその後、そっとそっと歩いて詩集が置いてある棚へ移動した。

そこで、こちらの本を手に取った。

 

子どもたちの遺言

子どもたちの遺言

 

 

へその緒がついた状態の赤ちゃん、快活な笑顔を見せる少年、繁華街にいる女子高生……様々な年代の子ども達の写真とともに谷川俊太郎の詩が添えられているのだが、詩がそれぞれの子ども達の声のような気がして、ひとつ残らず私の中へ入れたいと思った。

「いまからぼくは遺言する」

子どもの声に自然と耳を傾けたくなるほどどうやら私は大人になってしまったようだ。

だが、今朝、1時間ぐらいめそめそ泣いていたことを思うと、大人のようで大人じゃないなとも思う。

私も遺言を書こうかな。

私の言葉が届けたい人に届くように。

まだまだ、ジタバタするんだってよ、わたし!って伝えるために。