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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

散文的に笑う

雨の日の田んぼ道は右から左、左から右にカエルがぴょこぴょこ通り行く。車で近づいてもカエルはすぐに逃げられるわけもなく、私はぴょこぴょこをできるだけ避けながら静かに通りを進み行く。もぐらたたきの逆バージョンとでも言おうか。ぴょこぴょこ避けの技術を磨くべく日々精進。対向車が来たら難易度が上がるけれど、それは生死の分かれ道であり運命なのだろう。

 

最近、目元の笑いじわが深くなった。鏡を見た時に「やあやあ、こんにちは。あなたもずいぶんと年を重ねたわね」と話しかけてきそうなくらいしっかりとした笑いじわがそこには映っていた。しわは年齢と共に増えていくもんで、出来れば干し柿みたいになるのはまだまだ待ってよ!とは思うけれど、私は私の笑いじわがそんなに嫌いじゃない。

私が笑ったからできた笑いじわを私は愛おしいとさえ思っている。笑いじわができるにはどんな笑い方をしたかも関係するらしいのだけど、そんなのどうでも良くて、それは笑ったからできたしわであることには違いないし、眉間にしわを作るでもなく、額にしわを作るでもなく、笑って出来たしわがそこにあることに私はホッとするのだ。

楽しい事より息苦しかったり、泣いたり、叫んだりしている方が多いかなって思うこともあるけれど、笑いじわは「そうでもないかも」と私に感じさせてくれた。

そういえば、昨日も笑ったな。あ、一昨日も笑ったかな。

私が笑った時間はあまりにもささやかで、静かに通り過ぎていく。けれど、意識せずとも流れゆく時間は優しくて温かいなって思う。

 

暑い夏の日に見た水平線は定規でピシッと引いた線のようにまっすぐでなんだか不思議なモノに見えた。私が見ている海のその先のそのまた先は滝のようになっていると思っていたのは何歳までだっただろうか。

どこまでも繋がっていてやがて一周してまたここに戻って来れる。球体って素晴らしい。

波打ち際ではしゃぐ女の子達はまたここに戻って来るだろうか。仮に戻ってこなかったとしてもきっとどこかに繋がっているのだろう。

 

暑い、暑いとこの夏も何回発したかわからないけれど、秋は少しずつ近づいている。 

数日前からカントリーエレベーターに明かりが灯るようになった。暗闇の中でうっすら明かりを漏らすカントリーエレベーターは要塞のようでなんだかワクワクする。

稲刈りも近い。

ヒグラシも大忙しだ。

 

風待ちのひと (ポプラ文庫)

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