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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『ペーパーボーイ』を読みました ~YAらしい清々しい気分になりました

『ペーパーボーイ』を読んだ。

読もう!と思いながら、後回しにして忘れかけた頃、日本翻訳大賞の最終選考対象作の中に「ペーパーボーイ」をみつけて、思い出したのだ。

1959年,メンフィス.ぼくは夏休みのあいだ,友達のラットに代わって新聞配達を引き受けることになった.すぐにどもってしまうせいで人と話すのは緊張する.でも大人の世界へ一歩踏み出したその夏は,思いもよらない個性的な人たちとの出会いと,そして事件が待っていた.

吃音症の少年が様々な人と出会い成長する話なのだが、少年と出てくる大人たちとの関わりは、何本ものからまった糸をひとつひとつほどいていかねばならないくらい、じっくり一つ一つ私自身の中へ落とし込んでいく必要に迫られた。

少年の家にいるお手伝いさんのマームは黒人女性で、この時代の人種差別について考えずにはいられなかったし、配達先のワージントンさんの色っぽさと不安定さが気になってしかたなかったし、R.Tのような凶悪な大人の存在も忘れてはいけないと思った。それからちょっと風変わりなスピロさんを私は気に入ってしまった。私がこどもだったとして、スピロさんのような大人と接したら、少年のようにするする受け入れられるかといえば怪しいところだが、スピロさんはこれまで少年が接した大人と違う部分があるからこそ、少年はまたひとつ、大人になれたのだと思えた。こどもの頃に一度は思ったことのある「いつまでもこども扱いしないでよ!」って気持ちに通じる何かがそこにあるように思った。今まで誰にも聞けなかった質問をぶつけられる大人の存在は大きい。

大人との関りでもうひとつ忘れてはならないのは、少年と父親の関係である。少年は中盤で父親と血縁関係がないことを知り動揺するのだが、終盤で自分の気持ちを明確にし晴れやかな雰囲気となっているのが清々しくて良かった。それも父親から自分へ向かって愛情が注がれていることを感じ取れているからなのだろう。

 

「大切なのはなにを言うかで、どう言うかじゃないんだ」

吃音症の少年が放つ、この言葉の意味は大きい。

 

YA作品らしい読後の爽やかさと希望ある雰囲気がとっても気持ち良かった。

続編も執筆中らしいので、そちらも楽しみに待ちたいと思う。

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原田勝さんのブログにも書かれているが、この小説の原作にカンマがないため、翻訳もそれに踏襲し、ほぼ読点がない。にも関わらず、読みづらさを感じないですらすら読めるのは原田さんの訳の良さなのだろうと思う。すごい。

 

haradamasaru.hatenablog.com

 

もうひとつ、原田さんのブログで知ったのだけど、ワシントン州タコマの小学5年生が、この小説をもとにして演じているビデオが YouTube でみられるのだ。これが、なんだか面白い。小説を読んだあとに見るとさらに面白い。ワージントンさん役、5年生なのにこの色気はどこから出てくるの?わけてほしい。

『ペーパーボーイ』映画化か!? - 翻訳者の部屋から

 


Paperboy 90-Second Newbery 2017

 

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

 

 

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岩波書店のSTAMP BOOOKSシリーズの本を読むのは「さよならを待つふたりのために」「バイバイ、サマータイム」「コミック密売人」に続いて4作品目だったけれど、どれもはずれがなく面白いので、他の作品も読んでみるつもりです。このシリーズ、本当に面白いです!