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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

変化を楽しむこと

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ブログを書き始めてもうすぐ丸4年になる。書き始めた頃からベースは日記であり、たまに興味のあるものについて好き勝手に語るくらいなので特に気負いもせず淡々と続けている。4年が短いとも長いとも思わないし、私自身はあまり変わっていないように感じるけど、ともにブログを読み合っていたような人達の顔ぶれはだいぶ変化した。

生きているというのは進んでいるようで、進まされている。変化を求めたくなくてもいつの間にか白髪は増え、顔つきも変わる。変化を受け入れない生き方なんて存在しないのだ。そうであるならば、変化は許容範囲内で受け入れ、それさえも楽しんでしまったら良いのだと思えてくる。

先日、息子が通っている塾の面談があった。担当の先生はわりと面白い人で、息子の成績から話をするのではなく、息子がどういった思考で勉強や日々の生活を過ごしているのかを、いくつかの質問をしながら探っていた。そこで露呈したのは、息子の「楽しい」「楽しくない」の指標は基本的に外的要因で決まっていることだった。

例えば「今日は好きな教科があるから楽しい」、「天気予報で雨予報だったので、自転車が辛いから楽しくない」といった感じだ。

考えてみれば、ごく自然なことで、誰しもが思う事ではあるけれど、そこに「楽しくないを覆す自分なりの工夫」はあまり見られなかった。工夫したところですべてが楽しいへ変化することなどないけれど、負の感情を少し和らげるぐらいならできると思う。

以前に出会った人で、自身の生い立ちが複雑であり、話を聞いているだけで「大変だったでしょう」と即座に言いたくなるような方がいた。けれどその人は「生い立ちの話をすると、みんな大変だねって言うけど、自分ではそんなに大変と思ってないんだよね。むしろ面白いって思ってるんだ」と言っていた。この言葉を額面通りに受け入れるのも違うと思うけれど、辛かった時に「つらい」だけで過ごしてきた人ではないということは感じ取れた。自分では選べない境遇のなかで、少しでも楽しみを見つけることは大事なことかも知れない。

「楽しみ」は些細なことでも趣味でもいい。それがもしも変わった趣味だとしても、人に害を及ぼすことのないかぎりは、十分に楽しみ、また楽しんでいることを尊重してあげたい。

 

このブログは私の楽しみのひとつであるので、今後も続けていきたい。

アクセス数がどうだとか、読者数が何人だとか、そういったところとは違うところに私の楽しみがある。

続けていくうえで新たな出会いがあれば受け入れ、自らの糧にしていくのだ。

私は生きているから。