バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

息子の母です

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月がきれいだ。雲も美しい。

冬の空はずっと見ていても飽きない。寒ささえなければ土手に寝転んでずっと空を見ていられる気がする。

 

北海道で暮らしている息子から突然、娘宛に荷物が届いた。開けてみるとROYCEのチョコレート詰め合わせだった。

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兄妹仲は悪くないが、良すぎると言うほどでもない。おそらく2人だけでは連絡もほぼ取り合っておらず、家族共有で連絡を取るぐらいだ。今回はただの気まぐれかもしれないが、妹にチョコレートを送ろうと思った気持ちが嬉しかった。

息子の優しさには押しつけがましさがないので、逆に私は息子を慮ってしまう。

幼い頃から私の感情に敏感で、私を助けようとしてくれるため、出来るだけ大人にならないように、子どもでいられるようにしようと努めたが、如何せん私が未熟なため、息子のフォローに甘えることが多かった。

息子がいなければ今の生活になるように踏み切れたかわからない。彼が「今、家を出なければ自分はひとりで出ていきます」と放ったときを忘れることはない。ここで彼を守れないのであれば、私は何のために存在しているのだろうと自責しながらも、恐怖に勝つのに時間をかけてしまった。ただ、やり遂げたあとは彼の親と名乗ることを許された気がした。

 

ちなみに送られてきたチョコレートは娘のものなので私は娘の許可なしでは食べられない。

昨日、娘から1つだけもらった。

 

4周年

8月21日は私たち家族にとっての記念日だった。

だが、夏季休暇明けに確認した仕事量が思った以上に膨大であったため、忙しさで記念日があったことすら忘れていた。気がついたのは翌日の22日であった。この記念日を覚えておくことはある意味重要であるが、忘れてしまうこともまた、平穏に時間が経過したことを示しており、喜ばしいことなのだと思う。

2020年8月21日に調停離婚が成立した。あれから毎年、この時期に私と子ども達の今までを振り返ることにしている。調停が成立した際、母から「とりあえず良かったね。けれどこの結果が正しかったのか、答えが出るのは数年後だから」と言われた。母が伝えたかったことはこの言葉がすべてだと思った。元配偶者がどういう人があったなどは問題ではなく、如何なる理由においても婚姻関係を継続できなかったことは夫婦双方の理解が行き届かなかった結果であり、それらは子ども達には何の責任もない。子どもたちは親の身勝手に巻き込まれているだけなのだ。

親権を私が持つことに調停で決定されても、その決定が子どもたちにとって最善であるかは誰にもわからない。親権を持つことは同時に責任を持つことである。また、子どもとともに過ごす機会を奪われた相手の心情も慮り、子どもたちを養育することでもある。

話し合いの過程を持てず、調停離婚を選択した私が相手の心情を慮るなどと発言することに違和感を持たれる方もいるのかもしれないが、相手は私とは一緒に居られないだけの話であって、私が相手の不幸を望んだことはない。私に近づかなければ構わないし、もっと言えば遠くで幸せであってほしいと願っている。

あれから4年。果たして子ども達に平穏な暮らしを持たせてあげているだろうか。

自問自答をし、また、子ども達にも今の心境を問う。息子は4月にこの家を出て一人暮らしをしている。彼はそつなく何でもこなすタイプなので、何も心配していない。息子が家を出てから彼のスマホに近況を問う電話をしたことは一度もない。また、彼から近況を問う電話がきたこともない。メッセージでいくつかやり取りし、生存確認をする程度でお互いに安心して暮らしている。娘は息子が家から出たことで伸び伸び生活に発車がかかっているように感じられる。彼女は好奇心旺盛なことに加え、即実行に移すタイプのため、私が巻き込まれることが多々あるのだが、好奇心を削ることほど生きる上での損害はないと思っているので一緒に巻き込まれてあげている。それが私にできる養育だと思っている。


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数日遅れたが記念日なのでケーキを買ってきた。

これはわたし達の「暮らし」と「心」の独立記念日だ。

ここからまたそれぞれが自身を振り返り、今までの生活を糧にし、新しいモノに手を伸ばしていくのだ。

 

✽✽✽

近くのあなたも遠くのあなたも私達を見守っていてください。私達に現状維持はないのでおそらく進化し続けるはずです。

 

800字

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目の前にあるはずの空気が揺れ、じっとりまとわりつくように湿っている。前日の雨の影響もあるのか、暑さが増すと同時に水分の質量も感じるようだ。

特に着地点を決めずに書き始める文章は何処にたどり着くかまったくわからないため、私は何を考えてこの文章を綴っているのかを更に考えてしまう。入れ子構造みたいに、箱の中の、そのまた中を探るみたいなそういう面白さがあるので、それはそれで嫌いではない。

どんどん箱を開け、中へ中へ進んいく。けれど、おそらく最後の箱を開けてもからっぽなのだろうと思う。何も生み出さない、思考のムダ遣いがある意味、贅沢な時間と言えよう。

書くことを特に用意していないのに、なぜこの文章を書いているのかと言うと、先ほどから娘が明日提出のエッセイが書けずに部屋をうろうろしているからである。「800字ならなんとかいけるでしょ」と言ったら「それならお母さんが書いて」と小学校低学年みたいな発言をし、急に幼さを醸し出してきた。宿題をすることはしないけれど、娘が文章を考えているあいだに私も800字くらいの駄文を書くことにした。

800字くらいの駄文であるならば、すぐに書ける程度には日々、「ことば」に触れていたいと思う。自分で限界を決めたらそこでストップしてしまうけれど、細々とでも続けていればどこかには辿り着くだろう。

数時間前、息子に内定通知が届いた。

別の企業から内々定は頂いてるのだが、先ほど内定を頂いた企業の方が本命に近いらしい。それは内定が来た時の声のトーンが物語っていた。明らかに声が煌めいていた。声に色があるならば、間違いなく暖色で熱を帯びた色だと思う。部屋を移動する足もどこか軽やかで、「喜び」は意識せずとも全身で表現してしまうものなのだと知った。

 

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はい、ここまででぴったり800字です。

 

 


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