
社会人になった頃、お給料が出ると毎回ハンカチを買っていた。
初任給で両親に何かをプレゼントをするというのは良く聞く話だけど、自分にも「頑張ったな」と思えるちょっとしたものを買いたいと思った。
私はそれにハンカチを選んだ。
毎月、1枚~2枚のハンカチを買う。色、柄、触り心地、レースがあってヒラヒラしていたり、カッチリとした生地だったり。選ぶのはとても楽しかった。
ちょっと憂鬱な日にはレースの綺麗なハンカチ。
真夏の暑い日には原色で大判のハンカチ。
私の気持ちとハンカチはいつも同じ場所にいる。
私はいつもハンカチを2枚持ち歩く。
1枚は自分が「普通に使用する」ハンカチでトイレに行って手を拭いたりする時に使う。
もう1枚は「何かあった時に使う」ハンカチである。
この「何かあった時」というのは大それたことではなく、誰かから「貸して~」と言われたり、どこかで急に必要になった時にサッと差し出せる状態の物を指す。
昔、ハンカチで手を拭いている時に「ハンカチ貸して」と言われ、自分が拭いた後のビショビショを渡すのは申し訳ないなぁと思ったのが発端となっている。そして、道で体調の悪そうな人を見かけた時に差し出してあげるハンカチがなかったことも理由の一つかもしれない。
***
結婚し、子どもが産まれるとそんなハンカチを買う習慣も無くなっていった。
子どもと共に過ごす生活の中では、ハンカチではなくタオルの方が役に立つからだ。
お出かけする時も厚手のミニタオルが大活躍でタオルとウェットティッシュのような物があればそれだけで十分だった。
かつて私が大事にしていたハンカチ達はずっと引き出しの奥で眠りについていた。
***
最近、娘も小学生になり自分でハンカチやティッシュを持ち歩くようになった。
私が「はい」と貸してあげずとも自分のポシェットからハンカチを取り出す仕草を見て「もうミニタオルである必要はないかも知れない」と思った。
ある日、子どもが寝静まってからハンカチが眠っている引き出しをそっと開けてみた。そこには何も変わらない姿のハンカチがあった。当たり前だ。私の生活が変わったためにあの子達から遠のいただけであり、あの子達はずっと変わらずそこにいたんだもの。
手に取るとずっと眠っていたニオイがした。一度、洗濯してあげなければいけないなと思った。そして四隅までピンとなるぐらいアイロンをかけてあげよう。
赤、白、黄、茶、紺、紫・・。
様々な色のハンカチは私と一緒に外の世界へ飛び出すのだ。
そしてまた私は昔と同じように2枚のハンカチを持ち歩くだろう。
***
今度、私と会った時に「ハンカチ貸して」と言ってくれませんか?
「はい」と渡されたそのハンカチはその時の私の気分です。
私はその時、何色の気持ちでいましたか?
ルルルルズ 1st mini album 『色即是空』全曲ダイジェスト - YouTube