バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

遠き夏の日のあと

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キミは自転車を止めるとこう言った。

 「実はあなたに一目惚れしたんです。付き合うとかそんなのはまだ良いんですけど、とりあえず友達になってくれませんか?」

 一瞬、時が止まった。

あまりにも急な告白だったため、言われた言葉の意味を理解するのにしばらくの時間を要した。

今までに告白されたことがない訳ではなかったが、ひたすらボールばかりを追っていたのでそう言ったものは全てお断りをしていた。それから大抵の場合、すぐに「付き合って下さい」の言葉が出てきたので逆にお断りしやすかった。

だが、今回は「とりあえず友達になってくれませんか?」と言われたのだ。これはあまりにも断りづらい。まだあまり知らないとは言え、キミは悪い人には見えなかった。 それに、今ここで何らかの答えを言わなければ帰ることが出来ないとも思った。

「あぁ…友達なら良いですよ」

私はそう言った。

キミは少し笑った。よく見たら手が小刻みに震えていた。私の視線の先に気づいたキミは震える手を前に差し出すと「これ、緊張したから止まらなくなった」と言った。

太陽が照りつける中、キミと私はしばらく一緒にクスクスと笑った。

その後、明日も公民館へ行く約束をしたのだ。

 

家に着き、自分の部屋への階段を駆け上がってドアをバタンと閉めると、私はへなへなと座りこんだ。自分の手を見ると私の手が小刻みに震えていた。私も少し緊張していたのだとわかった。

わざわざ「友達になってくれませんか?」と言われ、そして友達になろうとしたことなんて初めての経験だった。私は今までに「知り合い」からいつの間にか「友達」になっていくことしか知らなかった。友達は生活をして行く上で自然と出来上がる形だと思っていた。

なんだか可笑しかった。いつも石橋を叩いて渡る私なのに、随分と変わったことをした。きっとそれは、長く続けてきた部活を引退したことや、これから向かう受験の狭間で揺れた心を持っていたからなのであろう。一言で言うと、タイミングが良かったのだ。

 

次の日。私は自転車に乗ってまた公民館へ向かった。田んぼを抜け、幼稚園の前を通り、グランドには目も向けず、公民館への道を急いだ。

公民館の自転車置き場にキミはいた。キミは私の姿に気づくと顔を緩めて微笑んだ。

私達は「自習室」へ入り、利用者名簿に名前を書く。キミはすぐにキャスターのついた長机をコロコロと引っ張ってきたので、私もそれに続いて長机を出そうとしたら「ねぇ、一緒に勉強しようよ。だから机は1つで良いよね?」とキミに言われた。

「う、うん」

そう答えたものの、私の気持ちとしては昨日のように1人1つの長机で集中して勉強がしたかった。だけど、キミにそれを言えなかった。あまりにも嬉しそうなキミに私はそれを言えなかったのだ。

1つの長机に椅子を2つ並べ、バッグから勉強道具を広げた。キミは「わからないところは教えてあげるよ」と言ってくれたけれど、私が広げているのは被子植物がどうとかインゲンマメの遺伝でメンデルがなんやらとかそんなことばかりだったので、特にキミに聞くことはなかった。

キミの横で勉強する私は集中力を欠いた。勉強よりも「キミ」と言う存在がどうしても気になってしまったのだ。そんな私とは違い、キミはとても勉強がはかどっているように見えたんだよ。

数時間勉強し、「ちょっと休もうか」と2階の廊下にあったベンチに座った。そこでキミと色んな話をしたのだ。

 

そんな公民館へ通う日々をしばらく過ごした。

 

ある日、キミは私が家族の話をするのを聞いた後、静かにこう言った。「良い家の子なんだね」と。それはお金持ちとかそう言ったことではなく、家族が仲が良さそうで良いねという意味だと説明してくれた。自分の家は両親が不仲であるとキミは言った。だから大学は遠い大学へ行きたいのだとも話してくれた。

 

私はキミと話をするのが好きだった。最初の言葉通り「友達」には問題なくなれると思った。けれど、何日か一緒に過ごした中で、キミの行動は私が望んでいた「友達」よりも少し先を歩いているように感じるようになった。私も出来るのであれば、キミを男性として好きになり、上手くいけば付き合うこともあるかも知れないと考えてはいた。

けれど、私はまだ「友達」という枠の中にいるのに、キミの気持ちはどんどん先へ進んで行った。その距離は少しずつ広がっていく一方だと思った。

 

私の中で1番決定的だったのは、キミが「遠い大学ではなく近くの大学へ志望校を変えようかな」と言ったことだった。「そうすれば大学へ行ってもえこに会えるでしょ?」とキミは言った。

複雑だった。

「友達」であるならば、遠い大学へ行き、年に数回しか会えないとしても十分成り立つ話だと思ったし、「私がいるから近くの大学へ行く」と言われて嬉しいと思うほど、私の気持ちは膨らんでいなかった。

こんな気持ちしかないちっぽけな私に、キミの人生を左右させてはいけないと思った。それに私はキミの人生を背負うほどそこまで強くはないと思った。

家でずっと考えた。

そして次の日。

 

私はキミに「もう会えません。ここにも来ません」と言ったのだ。

 

キミはすごく驚いた顔で「なんで?どうして?」とずっと問いかけてきた。私は自分が思っていたことをぽつぽつと話し、「私の気持ちがキミの横に並ぶのは難しいと思う」と話した。

キミは私に歩み寄り抱きしめると「…いやだ」と呟いた。

私の心はぐらぐらと揺れたけれど、一時の感情に流されてはいけないと思った。私達は受験生でその先の人生を考えれば何てことはないかも知れないけれど、目の前にしたその岐路はとても大きな選択に感じていたのだから。

泣きながら「ごめんなさい」「でも私の気持ちは変わらないの」しか繰り返さない私に、とうとうキミは折れ、抱きしめていた手を緩め、「…わかった」と言った。

 

 

私はその日以降、公民館へ行くことはなかった。そしてキミに会うこともなかった。

ただ1度だけ、冬の日に受けた模試の会場でキミを見かけた。

私はキミに見つからないように柱の影に身を隠した。キミは普通の受験生の顔をしていた。私は少しだけホッとした。

 

その後、キミがどこの大学へ行ったのかも知らない。そもそも家の場所も知らないのだ。

今となってはキミが本当に存在していたのかも怪しいと思い始めている。

 

私は暑い夏の日に幻を見たのかも知れない。

 

 

 

 

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