実家に帰省している。
疲れが出たのか体調があまり優れなかったので、そんな私を残し、子どもと私の両親は行ってきますと出掛けて行った。
横になり、しばらく眠った。
目を覚ますと、先ほどよりは気分が良かった。
寝てばかりいるのもつまらないので、私は玄関の靴箱上に置いてあった自転車の鍵を手にし、外に出た。
「自転車、使っても良いけどノーパンクタイヤだから少しペダルが重いのよ」
母がそう言っていた自転車に鍵を差した。カチャッと音がした。
サドルに跨がると、少し低いような気もしたが、いちいち高さを合わせるのも面倒なので、そのままペダルをこぎだした。
乗り慣れない自転車に最初はフラフラしたが、慣れてくると頬で風を感じるようになった。
田んぼの横を走り、幼稚園の前を通り過ぎた。しばらく進むと学童保育室があり、中から子ども達の賑やかな声が聞こえた。
更にペダルをこいで進んで行くとグランドが見えてきた。私はそこで自転車を止めた。
グランドには誰もいなかった。全体をボヤッと眺めていたら、遠くに見えるベンチに座ったことがあるのを思い出した。確かおじさん達の草野球を見てたんだ。
キミと一緒に。
自転車から降り、自転車を押してゆっくりと歩く。
あそこの角を曲がった先に公民館があるとわたしは知っていた。
軽くもなく重くもない足どりで、カラカラと自転車を押して歩いた。
公民館は変わらない姿でそこにあった。
自転車置き場も建物も何も変わっていなかった。
あれから何回もの夏が過ぎたのに、皮肉なものだと思った。
人の気配がない公民館の自転車置き場でしばらく佇んだ。
アブラゼミの鳴き声がジリジリと響き、グランドから土埃のニオイが漂ってきた。
今日は雨予報のためか、草のニオイもよく感じる。
その時、思い出した。
キミの家は私の家とは逆方向だったと言うことを。
何気なく振り返った時に引き返していくキミを見たことがあったと言うことを。
目を瞑った。
瞼の裏に自転車に乗るキミの後ろ姿が見えた。
私は今年の夏、幻をつかまえたのだと思った。
家に着き、バタッと布団の上に横たわった。
天井の模様をぼんやり見つめていると、外から雨音がしてきた。
雨音はどんどんどんどん強くなり、今はザァザァとたくさんの雨が土を濡らしている。
もう、土埃のニオイはしない。代わりに何もかもの湿ったニオイが鼻の奥をツンと刺激したのを感じた。