
石ころをつま先でコツンと蹴っ飛ばした。
石ころはピョコンと跳ねてからコロ、コロコロと転がり、大通りの真ん中で止まった。
***
その石ころは学校を出て30mぐらい歩いたところにある、お豆腐屋さんの前に落ちていた。白くて「つるん」としていたから、私はお豆腐のカケラが落ちてるんだと思って近づいたんだけど、よく見たら全然違くてカチンコチンの石ころだった。でもキレイだった。
手のひらの上に乗せてみたら、つるんとした肌触りが伝わってきた。そんな石ころのツルツルを感じながら、「やっぱり、この石ころはお豆腐と関係があるんじゃないかな?」と想像し、楽しんでいた。
石ころをポケットにしまおうかと思ったけど、その日私が着ていたワンピースにはポケットがついていなかった。ランドセルにしまおうかと思ったけど、給食の残りのきなこ揚げパンが入っているから一緒にするのが嫌だった。だって、きなこ揚げパンはお母さんへのぷれぜんとなんだもん。
石ころを指で摘み上げ、手のひらの上で転がしながらしばらく眺めていた。すると、石ころがつるつるんと手から滑り落ちて地面に転がっていったんだ。
落ちてアスファルトの上にあるお豆腐の石ころは手のひらの上で転がしていた時よりも白さが際立っていた。
買ったばかりの赤いスニーカーを履いていた私は、その石ころをコツンと蹴飛ばしてみた。
コロコロン。石ころは軽やかな音を立てながら、自動販売機の前で止まった。駆け寄ってもう一度蹴飛ばしてみる。コロコロコロン。今度は青い屋根の家に置いてあった黄色い自転車の横で止まった。
なんだか楽しくなってきて、ランドセルをカタカタ揺らしながら、夢中になって石ころを蹴飛ばしていく。
公園の入り口、歯医者さんの前、ざくろの木の下。
どこに転がって行ってもお豆腐の石ころはつるんとした体でコロコロと転がっていく。
再び、石ころをつま先でコツンと蹴っ飛ばした。
石ころはピョコンと跳ねてからコロ、コロコロと転がり、大通りの真ん中で止まった。
蹴飛ばそうと思ったけれど、信号が「赤」だったので、私は横断歩道のところにあった歩行者用ボタンを押し「青」になるのを今か今かと待っていた。
その時、左手の方からやってきたトラックが、お豆腐の石ころの上を何の迷いもなく通過して行ったのだ。トラックが過ぎ去った後には、石ころだったと思われる石の破片が無残にもバラバラと飛び散っていた。
お豆腐の石ころはカチンコチンだと思っていたのに、そうでもなかったのだなぁと私は思った。
もう蹴飛ばすことはできなくて、「赤」になっちゃうから全部拾い集めることもできなくて、仕方がないので2つだけ破片を手にし、横断歩道を渡った。
椎の木の下で私は手のひらを広げ、石の破片を眺めてみた。石の破片は少しだけ「つるん」としていて、後はゴツゴツしていた。真っ白だった石ころは欠けた断面も白かったが、このゴツゴツ感は全然お豆腐じゃないし、可愛くないと思った。
私は石の破片を椎の木の根っこめがけてポイッと捨てた。
そしてまた家までの道を歩き始めた。
テクテク歩いている時に赤いスニーカーが目に入ったのだけれど、どこか寂しそうに感じたんだ。
家に着き、手を洗ってからランドセルを開けた。
ランドセルの中ではお母さんにプレゼントしようと思っていた給食の残りのきなこ揚げパンがぺしゃんこに潰れていた。給食で食べた時はフワッとしたパンだったのに、目の前のビニール袋に入っているパンはどうみてもぺしゃんこだった。
お豆腐の石ころを蹴飛ばす時に走ったからかな?と思った。
お豆腐の石ころもなくなり、ぷれぜんとのきなこ揚げパンはぺしゃんこになり、私はなんだかとっても悲しくなってきて胸がきゅうきゅうと鳴っているような気がした。
お母さんが「ただいま」と仕事から帰ってきた。
私はお母さんに「これ、お母さんの好きな揚げパンだったんだけど、ぺしゃんこになっちゃった」とビニール袋に入ったぺたんこのパンを差し出した。
お母さんは私からビニール袋を受け取ると、ぺしゃんこの揚げパンを手でちぎり、パクッと口の中へ放り込んだ。そして「おいしい」と言ったのだ。
「形は変わってもおんなじだから」とお母さんは言った。
私はうふふと思わず顔を緩めた。嬉しかった。
夜、お布団に入ってから、私はお豆腐の石ころを思い出していた。
トラックにひかれてバラバラになった石ころを私は可愛くないと思ったけれど、そうじゃなくて「形は変わってもおんなじ」だったのかも知れないなぁって。
また、お豆腐屋さんの前に石ころ落ちてないかな?その前に椎の木の下をみてみよう。
そんなことを思いながら、私は静かに眠りについたのだった。
indigo la End 「渚にて幻」(Official Music Video) - YouTube
渚にて もう一度
会えるかな
幻に