バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『イフ』

どうやら花粉が「わーい、どんどん飛ぶよー」とわさわさ騒ぎ出した今日この頃。

みなさま、くしゃみを連発しておりますでしょうか?

それは本当に花粉なんですか?いやいやもしかしたら知らぬところで…ゲホゲホ、ちょっと止めておきましょう。

てなわけで、今回もこちらに参加させて頂きます。

【第5回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

お題は『猫』

いやぁ、今回はキツかったです。お題が〜と言うより、私自身があんまり書くぞ!とならなくて。それもこれも体がバキバキに痛いからだと思います。背中から肩にかけてカチコチしてます。

そんでも書き上げましたので、読んで下さると猫のように丸まって「にゃー♪」と言います。

にゃーにゃー言いたいので、ぜひ読んで下さいー。

 

***

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『イフ』
 
美和が悠斗の部屋を初めて訪れた日のこと。
部屋のドアを開けると我が物顏で悠然と歩く黒猫が目の前を通り過ぎたため美和は一瞬ビクッと驚いた。
「猫、飼ってたんだ・・」
「あれ、言ってなかったっけ?」
悠人は教科書の詰まったリュックを部屋の隅に置きながら美和に言った。この黒猫は「イフ」と言う名で、数年前、悠斗が幹太と一緒に公園の横にある生垣のところで発見し拾ってきたのだと言う。
「最初はガリッガリに痩せてて大丈夫かなと思ったけど、今は見ての通り。カッコいいだろ?」
悠斗がそう言いながらイフを眺めたので、美和もイフへ目をやった。イフの艶々した黒い毛に光が当たり、とても美しかった。イフはきらりと輝いたゴールドの目で美和を見つめると、長い脚を優雅に動かしながら美和へ向かって歩いて行った。そして美和の足に擦り寄り、みゃあと鳴いた。
「わぁ、珍しいな」
悠斗が、さも驚いたというような声をあげた。
悠斗は美和にイフは捨てられていた時から今までずっとあまり鳴かないのだということ、そして人に懐くことが少なく悠斗にもそこまで擦り寄ってこないのだということを説明してくれた。
「イフは飼っているというより、本当に同居人って感じなんだ。こいつがいるだけでなんだか少し強くなった気がするし」
悠斗がイフに近づき、抱きかかえようと手を伸ばした。だが、イフはその手をするりと抜けしっぽをピンと伸ばし澄ました顔をしていた。
「うふふ。本当に懐いてないじゃない」
思わず笑った美和に、な、だから不思議だろ?とばつの悪い表情を浮かべながら悠斗は空を切った手を引っ込めた。
 
「イフ、幹太には懐いてたんだ。擦り寄ったりしてたんだ」
少し間を開けてから、ボソッと悠斗は呟いた。
幹太は悠斗の親友であったが、すでにこの世にはいない。2年前に病気で亡くなったのだ。イフは幹太には足がかゆくなるのではないかと思うほど、擦り寄り、抱きかかえられると気持ちよさそうに目を瞑ったそうだ。幹太が生きていたらイフは幹太と一緒に暮らしていたかも知れないなと悠斗はどこを見つめているのかもわからない遠い目をしながら言った。
イフと暮らすことで悠斗は幹太の影も追っているのかも知れないと美和はその時思った。
美和がイフへ手を伸ばすと先ほどまでしっぽをピンと伸ばしていたとは思えないほどイフは素早く、美和の腕の中へ入ってきた。
んだよ、どういうことだよ・・美和の横で悠斗は軽く笑いながら、美和を、イフを抱いた美和を抱きしめた。
 
美和は週に1、2度、悠斗の部屋を訪れた。ドアを開けるといつでもイフはこちらをジッと見つめ、ドアを開けた主が美和だとわかると優雅に脚を動かして美和に擦り寄った。美和はその度に手を伸ばし、イフを優しく抱きかかえた。艶のある黒い毛を毛並みにそって撫でている時間は美和にとっても幸せなひと時であった。悠斗はいつまでも自分に懐かないイフを遠ざける訳でもなく、俺の好きな人達のことをイフが気に入ってくれるのは本当に嬉しいんだと穏やかに笑っていた。
 
学校を卒業し、美和と悠斗はそれぞれ就職した。新しい環境に馴染もうと美和は必死に仕事を覚えた。また営業職に就いた悠斗も忙しく、お互い顔を合わせる時間が少しずつ減っていた。
そんな中、美和は1カ月ぶりに悠斗の部屋を訪れた。ドアを開けるとイフと目が合う変わらない光景に一瞬ホッとした美和だったが、その先に以前よりやつれ、疲れた表情の悠斗が見え不安な気持ちが襲ってきた。仕事をするって大変だな、毎日頭を下げてばかりだ、と言った悠斗の表情は口角を上げて笑おうとしているようにも見えたが、全く笑えていなかった。大丈夫?なんてわかったようなことも言えず、美和はただ悠斗の隣に腰掛けた。カーテンの隙間から差し込んだ光がイフの艶々とした毛を照らしていた。今までずっとイフの艶々とした黒い毛を美しいとしか思わなかった美和だったが、この時初めて深い漆黒の闇の中へ吸い込まれそうな気がしていた。
 
 2週間後、美和は少々ざわついた気持ちを何とか平静に装いながら悠斗の部屋を訪れた。ドアを開けるとイフと目が合い、その先にはパッと見てもわかるくらい状態の悪化した悠斗がいた。
「だいぶ疲れているみたいだし、一度病院へ行こう」と美和が悠斗に声をかけながら背中を触ると「うるせぇ。自分のことは自分が良く知ってるからほっとけよ!」と悠斗は声を荒げながら美和の手を払いのけた。
美和は手を払われたことにとても驚いたが、それよりも胸がちくちくと痛み息が苦しくなった。悠斗から1歩、2歩と離れた。目の端に涙の粒が出来た。美和は焦点の定まらない滲んだ光景の中にイフを見つけ、静かに手を伸ばした。だが、イフは美和の腕に入り込んではこなかった。イフは差し出された美和の手を眺め、くるっと向きを変えると部屋の隅で丸くなった。
美和は黙ったまま手を引っ込め、静かに部屋から出て行った。
 
とても穏やかな日だった。春から夏へ移り変わる澄んだ風がそよそよと吹いていた。けれど美和はそんなそよぐ風さえも感じることが出来ずにいた。重い足を引きずるように交互に動かすことが精一杯で、相変わらず景色は滲んだままだった。美和が静かな住宅街に入った時だ。信号のない交差点で右から走ってきた車にはねられ、美和は宙を舞った。宙を舞う美和の目にはすべてのものがスローモーションで映し出された。ゆっくりと回転する景色の中で意識が朦朧とし始めたが、美和はそこにイフの姿を見た。いつも室内で過ごしているイフがなぜこんなところにいるのだろうか?その疑問を最後に美和は息をしなくなった。
 
美和はこの世から立ち去った。
 
悠斗がそのことを事実として認めざるを得なかったのは美和の葬儀が終わった後だった。
 
部屋で一人、遠くを見つめていた悠斗の横には丸くなったイフが居た。
「なぁ、イフ…」
そう呟きながら悠斗はイフの艶のある黒い毛をゆっくりと撫でた。イフは逃げなかった。
「俺は美和のことが大好きだった。今もそうだ。けれど、あの日、美和が俺の背中に触れた時、俺は美和がひどく煩わしかった。消えてしまえばいいと思った。俺、頭がおかしかったんだろうな」
悠斗はイフを撫でていた手を止め、カーテンの隙間から射し込む光を眺めていた。
「俺が消えてしまえばいいなんて思ったから美和はいなくなったのかも知れない。あの時もそうだった。幹太とケンカして、幹太なんか病気にでもなればいいと思ったら本当に幹太はいなくなってしまった」
悠斗はイフの背中にポンと手を置いた。
「本当は2人とも大好きだったよ。なぁ、イフもそうだろう?お前だって幹太も美和も大好きだっただろう?」
イフに話しかけるように言葉を並べていた悠斗は、あの日、美和と最後に会った日にイフが美和の腕の中に入り込むことなく、後ろを向いたことを思い出した。
 
「おまえ、なんであの日、美和に抱かれなかったんだ?」
 
その言葉が頭の中をグルグルと駆け巡っている悠斗の目にはイフの黒い毛が漆黒の闇のように深く深くおぞましいものに感じられたのだった。
 
 
 
 
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