バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

私とラグビーと

私の母はテレビでスポーツ観戦をするのが好きだった。

駅伝、サッカー、バレーボール、フィギュアスケート、ゴルフ、器械体操・・なんでも楽しそうに眺めていたけれど、母が一番エキサイトしながら観戦していたのは間違いなくラグビーだった。

母はラグビー観戦となると、途端に言葉が悪くなった。

「いけっ!つぶせ!」

普段、穏やかでおおらかな母の口から出てくる言葉とは思えなかったが、一緒にラグビーを観ていたらなんとなくその言葉を発したくなる気持ちもわかるような気がした。

知らぬ間に、母がラグビーを観戦している横で私も一緒に観戦することが増えていった。

高校ラグビーをみて花園を知り、大学ラグビーをみて早明戦という言葉を覚え、社会人ラグビーをみて平尾誠二を知った。詳細なルールまではわからないけれど、だいたいのルールは把握していた。「あ、ノックオンだ!」という程度には。

ラグビーは体の接触があるスポーツのため、安全に考慮して高校まではヘッドギア着用が義務付けられている。そのため、高校ラグビーをみてもヘッドギアのせいで選手の顔がわかりづらい。だから私は背番号で良い動きをしている選手を覚えた。のちに、その人達が大学へ進学し、ヘッドギアをしていない姿をみたとき「ああ、こんな顔をしてたんだ!」なんて思うことも度々あった。それは密かな楽しみでもあった。

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学生時代に、仲良くなったナオちゃんは大のラグビー好きだった。当時の世の中はサッカーの人気が高かったと記憶しているが、ナオちゃんは毎月ラグビーマガジンを購入するほどのラグビー好きだった。地方出身のナオちゃんは「せっかく東京に住んでいるのだから、その間に出来るだけたくさん秩父宮ラグビーを観たいの!」と楽しそうに言っていた。だが、ナオちゃんが続けて発した言葉は「一緒に誰かと観戦しようにも、ラグビーに興味のある子が全然いなくて・・」だった。あまりにも寂しそうな表情に変わっていくナオちゃんを見て、私は「わたし、ラグビーのルールだいたいわかるし、せっかくだから私も秩父宮ラグビー観てみたい。一緒に行こうよ!」と言ったのだ。こういうとき、私の口は勝手に動き出してしまう。いつもそう。でも後悔はしない。きっと楽しいはずだもの。

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ナオちゃんが誘ってくれたのは社会人リーグの試合だった。先に書いてしまうとそれ以後も5.6回一緒にラグビー観戦に行ったのだが、それらはすべて社会人ラグビーであった。

秩父宮ラグビー場へ行くために、私達は千駄ヶ谷で下車し、国立競技場、神宮球場を横目に見ながら歩いた。実際は外苑前で下車したほうがよっぽど近いと思うのだが、絵画館の前を通ったり、帰りにいちょう並木を眺めながら話をしているのが楽しかったのだ。

秩父宮ラグビー場の入場ゲートで、ナオちゃんが係の人にチケットを手渡すと、係の人は「どちらのチームの応援ですか?」とチケットをもぎりながら必ず話しかけてきた。私とナオちゃんがチーム名を答えると係の人は「はい」とチーム名の入った応援旗を手渡してくれた。観戦席はたいてい満員になることはなくて(決勝とかに行ってたわけじゃないからかな?)ゆったりのんびりすることが出来た。けれど、試合が始まってしまえば、ゆったりとも言ってられない。私がはじめてラグビーを生で見たときに驚いたのは「音」だった。体と体がぶつかり合う音がドスンドスン聞こえてくるのだ。それからお互いがかけあう声。中には怒声も混じっていて緊張感があった。痛んで倒れている選手に、やかんの水がじゃばじゃばかけられているのもテレビで観て知ってはいたけれど、生で見るのはまた一味違って見えた。(今はやかんはあまり登場しないらしいですね)

それから、「すごい!」と心の底から思ったのは、ラインアウトの光景だった。ボールをサッカーのスローインのように投げるのだが、ただでさえ体格の良い180cm超えの選手がさらに同じぐらいの体格の選手を抱えて高く投げられたボールを掴むのだ。

「すっげ!たかい!」それしか言葉が出なかったぐらいに驚いて興奮した。

ボールを死守するために両チームとも作戦を練っているためか、ボールをつかんだ選手の下では引っ張ったり押さえつけたりの攻防が繰り広げられていた。

スクラムを組む場面では、投入されたボールのゆくえを息を殺して探し続けた。キックのときは、距離と位置と風向きを読みながら楕円形のボールをクロスバーの上に蹴りこむのだが、外すことも多いので決定率の高い選手は素直に素晴らしいと思った。キックの際に、キッキングティを使う人と砂を盛る人がいて、どちらにするのか、眺めているのも面白かった。グランドに片膝をつき、砂の上に丁寧にボールを立てている様が私はけっこう好きなのだ。トライをするために、当たられながらも懸命にボールをパスしながら少しずつ陣地を侵していく選手を手に汗をかきながら見守った。

テレビ観戦しているときもラグビーは面白いスポーツだと思っていたが、実際に観ると画面からは伝わってこなかった音やにおいも感じられ、面白い!とより一層思ったのだ。

観戦を終え、ゆっくりと座席を立ち、秩父宮ラグビー場を後にした。

ナオちゃんはここで「先に帰っていいよ」と私に言った。あれ?なんでかな?と思い、尋ねてみると「出てくる選手を私は待っているから」と言った。いわゆる出待ちってやつだ。ラグビーの選手は試合後に着替えて身支度を済ませると、ゲートから普通に歩いて出てくるのだ。私も暇なときはナオちゃんと一緒に選手が出てくるのを待っていた。特に目当ての人がいるわけではなかったが、先ほどまでグラウンドを走り回っていた人が目の前で見られるとなれば興味がないわけじゃない。選手が出てきて、間近で見たら本当に大きくて(背も高いし、胸板も厚い)私の日常の中では会うことのない人達だと感じた。ナオちゃんは目当ての選手と一緒に写真を撮りたがったので、私はいつも写真を撮る役目を買って出た。嬉しそうに笑っているナオちゃんが可愛いと思った。

 

のちに、ナオちゃんがどこかのラグビー選手とお付き合いしたと風の便りで聞いたけれど、きっとナオちゃんは楽しそうに笑っているだろうと想像した。

私はラグビーを見ると、あのときの体がぶつかり合う音とやかんと風とナオちゃんの笑顔を思い出す。

 

***

ここのところ、ラグビー報道をたくさん観たので私はナオちゃんを思い出した。

同時に「いけっ!つぶせ!」と叫んでいた母の姿も浮かんできた。

最近のラグビー場は女性や子どもにだいぶ配慮されているようなので、ずっとテレビ観戦をしていた母とラグビーを観に行くのもいいなって私は思ったのだ。