バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

かがくのとも50周年記念特設サイトが面白い!

福音館書店が月刊科学絵本「かがくのとも」の50周年記念して特設Webサイトをオープンした。

このサイトが非常に面白い。

www.fukuinkan.co.jp

まず、 山中伸弥さん、福岡伸一さんの特別エッセイでわくわく感が高まり、アーカイブで600冊を超えるバックナンバーを見て懐かしさと幼き日の私を思い出した。懐かしいなと思う本はいくつかあったが、表紙をみて「あ!読んだ!」と思い出したのは1982年5月号の「ぽけっと」と1982年2月号の「だましっこ」だった。内容はどちらもちゃんと覚えていないけれど、大好きで何度も読んだ記憶だけがよみがえってきた。

アーカイブが面白くてずっと眺めていたら平野レミさんのものもあるようだったのでまた読んでみたいと思った。

50周年記念特設サイトは興味深い内容がつまっているのだが、中でも「これは!」と思ったのが、「かがくのとも+1」である。

「かがくのとも」は、1冊1冊が〈かがく〉への入り口。その先には、それぞれの世界が大きく広がっています。
そんな広がりを親子で実感していただくために、「かがくのとも」からハードカバーになった109点それぞれについて、あわせて楽しみたい1冊をご紹介する「かがくのとも+1(プラスワン)」をお届けします!
作者・書店員そして各界でご活躍のみなさまにもご協力いただき、見ているだけでわくわくする「+1」がそろいました。

こんなまえがきで始まるプラスワンのコーナーには出版社の垣根を越えて「かがくのとも」にあわせた1冊が紹介されているのだが、組み合わせの面白さと読んでない本への興味が合わさってテンションが上がりまくってしまった。

例えば、「アリからみると」と「生物から見た世界」の組み合わせなんて素敵だと思う。

 

アリから みると (かがくのとも絵本)

アリから みると (かがくのとも絵本)

 

  

生物から見た世界 (岩波文庫)

生物から見た世界 (岩波文庫)

 

 

 「わたしのあかちゃん」と「胎児のはなし」も良いなと思う。「胎児のはなし」はちょうど読んでみようと思っていたところだ。

 

わたしのあかちゃん (かがくのとも絵本)

わたしのあかちゃん (かがくのとも絵本)

 

  

胎児のはなし

胎児のはなし

 

 

他にも面白い組み合わせがたくさんあるので、眺めて自分のかがくへの興味をどんどん広げていきたいと思う。

皆さんもぜひ見て下さい。面白いから!

 

20190422 ~店員さんに話しかけられる

先日、農産物直売所で私が好きなクルミの佃煮が半額になっていた。佃煮のコーナーには賞味期限が近いための半額商品が他にも並んでいたので足を止めた。賞味期限が近いのだからたくさん買うことはできないとわかっているけれど、どれも美味しそうに思えてしばらく悩み、クルミの佃煮とまぐろ昆布佃煮を手にレジへ向かった。白いごはんと味噌汁があればもうこれだけでもごはんが進むなー、いやーまいったなーなどと考えながらにやにやしていたら、レジの方に「この佃煮、どれもおいしんですよ!」と話しかけられた。うわー、迷いに迷って2つに絞ったけれどどれも美味しいなんて悪魔の言葉やん!どうするやん!もっと買いたいやん!でも我慢やん!と、頭の中がやんやんしている時にふと「あ、私ってばレジの人によく話しかけられるよなぁ」と思った。

こないだは某牛丼屋で持ち帰りの牛丼を買いたくて、ハキハキと注文したらレジのお兄さんに「お客さん、迷わずわかりやすく注文してくれるから助かります」と言われた。「え、そんなにわかりやすかったです?」

「ええ、持ち帰りの方が話し始めたらすぐに作業を進めるんですけど、途中で変える人とかも多くてね…」

「ああ、牛丼屋さんはけっこう忙しいって聞きますしね」

「あ、でもこの店、人は足りてるんでそこまでじゃないんですよ」

そんな会話を初対面のお兄さんとしたのだった。

またある日は某コンビニで500mlのあまーいグリコのカフェオーレを購入した際に、ストロー頂けますか?とお願いしたら「これ、ストローつかなくなっちゃいましたよね」とレジのお兄さんに話しかけられた。

「前は曲がるストローが標準でついてたのに、新しくなってつくかと思ったらなくなっちゃいましたね」

「なんでしょうね。経費削減ですかね」

 

常連になってから話しかけられるなら理解できるが、初対面にも関わらずよく話しかけられるのかなぜだろうか。

ひとつの考えとしてただ単に話し好きな店員さんに当たっていることがあるような気がする。もうひとつの考えとしては私が話しかけやすい何かを出している可能性である。話しかけやすい何か?は自分でもよくわからないが、この文章を書いている限りでは美味しそうやん!早く食べたいやん!のやんやん!が出すぎて顔がにやけているせいと考えるのが妥当だと思う。

なぜなら全部たべものつながりだから!!

ただ単にくいしんぼうやん!

美味しく食べられることは幸せなことです。

今日も美味しく食べられることに感謝しつつ、レジでにやけていようと思います!

やんやん!

 

いとしいたべもの (文春文庫)

いとしいたべもの (文春文庫)

 

 

 

こいしいたべもの (文春文庫)

こいしいたべもの (文春文庫)

 

 

 

20190415 ~鳥のように見渡す


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桜も散り、葉が目立ち始めた。

街中でパトカーとすれ違うたびに春の交通安全運動なのだなと思う。選挙の立候補者が「本人」というたすきをするようになったのは最近のことなのかしばらく周りが見えていなかった私にはわからない。

読みかけのまま置きっぱなしにしていた「82年生まれ、キム・ジヨン」を読み終えた。共感したという感想をいくつか見かけたのでよくある話なのだろう。私自身も似たような経験をした部分もあって素直に読み進めることができた。また読んで良かったと思う。

本の内容から離れるが私は共感があまり好きではない。共感の言葉、音、何が好きではないのかわからないがなんとなくしっくりこないのだ。「共感したから受け入れられやすかった」ただそれだけのことかも知れないが、そんなに簡単にわかる!って思って良いのかしら?などと考えてしまっている。ここのところ、私は今までよりも自分を信用しておらず、自分の発言を疑っている。言い換えると、自分を過信しないように律することに徹している。俯瞰したものの見方が足りていないと気づき、情けないと思っている。けど、気づいたからには意識することから始めようと思う。始めることに早いも遅いもないって誰かが言ってたっけ。

 

時々、私は何処にいるのだろうと思う。皆が生きている社会の中に存在しているのか不安にもなるが、声をかけてくれる人がいるから私の姿は見えているのだろう。

大丈夫。

自身に呼びかけ、眠って起きる。

生きるのは眠ると起きるの繰り返しであると思う。眠れなくなったら起きられない。

笑って泣いて怒って…私が喜怒哀楽を出せているうちは生きていけるはず。

「おはよう」と言える相手がいるうちは立っていられると思うのだ。

 

絵本「ねえさんといもうと」を読んだ。

うちの子は兄と妹のきょうだいだが、とても仲が良い。

私はにやにやしながら二人のやり取りを眺めている時に幸せだと感じている。

 

ねえさんといもうと

ねえさんといもうと

 

 

 

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)