バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

20200324

電車に乗った。足の裏に伝わってくるモーターの震動と建物が後ろに流れていくような景色を見るのは久しぶりだったため、ずっと外を眺めていた。

広大な田畑に、ひとが数名いた。どうやら写真スポットらしい。外と車内の気温差を思いながら私はごとごと揺られていく。心地よい揺れにだんだん眠たくなった。

子どもの頃から自分の意思で行動しているけれど、もしかしたら私が知らない誰かに操られているのではないだろうかと考えることがあった。例えば宇宙人とか。そういうの、皆が考えることだと思っていたけれど「考えたことない!」と娘にハッキリ言われた。

「私はロボットではありません」というお決まりの確認画面を見ると「ロボットなのかどうか、私が決められるのだろうか。私が答えられるのは自分がロボットではないと信じる能力があるってことだけね」などと、ぶつぶつ言いながらチェックを進めていくぐらい、自分がナニモノであるのか考えて生きている。

ナニモノであってもなくても、電車は私を乗せて目的地まで運んでくれた。駅からは一度だけ行ったことのある場所を記憶だけですたすた歩いて行く。方向感覚が優れていることはひとつの自慢であるかもしれない。用事をすませ、また電車に乗り、本を開いた。たくさん乗っていた人々は私が顔をあげた時にはまばらになっていた。窓の外は闇だった。時々見える明かりがゆっくり動いていく。私が好きな空間だと思った。

駅に着き、近くの駐車場まで歩く。昼は暖かくても夜は冷えるため、亀のように首を引っ込めながら歩いた。駐車場で料金を精算した。1000円札を入れようとしたら、なかなか入っていかず、えいっえいっと格闘している私の手から1000円札が逃げていった。風に煽られ、ふわっと浮いた1000円札をアニメの一場面のごとく追いかけた。焦りながらも笑えてきた。

車に乗り、家までの道を急いだ。私が帰る場所に明かりが灯っているのが見えたとき、体の内側からじんわりあたたかくなっていくような安心感があった。

明かりの灯る家が自分の居場所であり、早く帰りたいと思えることは幸せだと思った。


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時間のあるときに栞を作っていたら、だんだん楽しくなってしまい、気がついたらかなりの量になっていた。せっかくなので一箱古本市に出店するときなどに販売しようと思った。

『どこへいってた?』はおはなしも可愛いけれど、絵が好き。ヒキガエルがとにかく可愛い!と思う。

 

どこへいってた?

どこへいってた?

 

 

 

 

卒業式でした。


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娘の卒業式だった。

小学校を卒業する娘の卒業式は昨今話題になっているウイルスの関係で縮小して行うことになった。

近年、卒業式の服装が華美になりすぎているのは娘が通う小学校も例外ではなく、昨夏には「華美にならない服装で」との通知が届いていた。実際、フタをあけて見れば息子の頃には数人いた袴の子はおらず、大半は中学校の制服で出席していた。中学校の制服と言ってもそのまま着るのではなく、ジャケットだけ着用してスカートは違うもの、ネクタイをするなどアレンジしている子が多く、個性があって面白いなあと思った。

私は卒業式が始まるまで本を読んでいた。何人かの知り合いが声をかけてくれたので、時々顔をあげた。この1年くらいはそれ以前よりもひっそり暮らしていたため、声をかけてくれる人がいるだけで嬉しかった。

体育館には2名までの保護者、6年生の担任、校長、教頭などの他は最低限の人のみで来賓も在校生もいなかった。卒業生が入場する。人数が少なく、カメラで子どもを撮っている親も多かったので拍手の音が小さく聞こえた。私はできるかぎりずっと手を叩き続けた。卒業式の練習が出来なかった卒業生はぎこちない動きで緊張しているようにみえた。卒業証書をひとりひとり手渡されるとき、お辞儀を忘れる子、順路を間違える子、小さい声で友達に指摘される子が続出していた。けれど、これが本来の姿なのかも知れないと思った。個性があり、皆で助け合ってなんとかカタチにしている卒業式はかえって子ども達の成長を感じさせるものになっている気がした。ふと気づいたら目から涙が溢れていて、着用を義務付けられいたマスクを濡らしていた。3月で定年を迎えられる校長の挨拶は32年間教員生活を送った最後の卒業式がこのような形であっても行えたことを嬉しく思うと話されていた。

練習不足で上手とは言い切れない歌を聞いても涙が止まらなかった。

縮小された卒業式だったけれど、行えたことは皆を安堵させ、節目として気持ちを整理できたのではないかと感じた。

外に出たら空が青かった。

どこまでもどこまでも続いている空があった。

 

 

卒業式であまりにも涙が止まらなかったため考えていたのだが、この涙は息子が卒業したときの涙とはまったく別のモノだと思った。息子の卒業式のときは息子の成長を思う気持ちとこれからの期待が大きい喜びの涙だった。だが、今回の娘の卒業式はそれとともに、カウントダウンまでしていた卒業の日までを仲間と過ごせてあげることが出来なかった無念と私がもっと娘にしてあげられたことがあったのではないかという自責の念も含まれていたのだと思う。

 

私は昨年、子どもを連れて家を出た。もうすぐ別居して1年になる。子ども達の声を聞き、そのような行動に出ざるを得なかったことは事実であるけれど、もっと良い方法があったのではないか、私は子どもの気持ちを理解出来ているのかとずっと考え続けている。相手に家を出ると事前に告げたことで娘のランドセルや絵の具セット、裁縫道具などの学用品を隠されて持ち出せなかったため、娘は最後の1年を私が買ってあげたリュックを背負って学校へ通っていた。学用品については学校が快く貸し出してくれ協力してくれたが、私としては6年間ランドセルを使わせてあげたかった想いや彼女の気持ちを考えるといつも胸が苦しくなって泣きそうになってしまうのだ。

 

卒業式を終え、先生方が作ってくれたアーチをくぐったあと、担任へお礼を言いに行った。事情のある私たちを支えて下さってありがとうございますと告げると「いえ、私は何もしていませんよ。娘さんが自分で成長されたんです。娘さんは自分のことだけでなく、相手の気持ちを考えることが大事だって皆に教えてくれるんです。家庭でどんな関わりをしたら、あんなに考える子になるのかといつも思っています」と仰られた。担任はいつも娘だけでなく、私も肯定してくれる人であり、そのような人に出会え、支えてもらえたことを考えたらまた涙が溢れてしまった。大丈夫ですよ、真っ直ぐな子ですよ、そう話す担任の声が耳栓をしているのかと思うくらい遠くに聞こえた。

 

「4月になったら、去年みたいにまたお弁当持って公園に行きたい」

娘がずっと言っている。

「そうしよう」

息子も同意する。

私たちは苦しいこともあるけれど、ささやかな喜びを知っている。

大きな渦に巻き込まれそうになっても私たちは自分でできる何かを探し、迷いながらも歩いて行くだろう。

行き先がわからなくても歩いていけば何か違う世界が見えてくると知っているのだから。

 

 

20200312 ~そこにあるもの

娘と息子に毎月決まった額のお小遣いを渡しているのだが、ここ最近の事情により在宅時間が長い娘に少しだけ多くお小遣いを渡した。

バイトから帰宅した息子にそのことを話した。

私「娘が家にいる時間が長いから、いつもより多くお小遣い渡したよ」

息子「そりゃ、当然でしょ」

私「……。あ、あなたは自分も欲しいとか言わんのですか!」

息子「僕はいつもとさして変わりない生活だからいらないよ」

とても息子っぽい返答だと思った。

 

先日、AさんとBさんにまったく同じ内容の話をすることがあった。どちらかに依頼したいことがあり、私はAさんを選んだ。もちろんAさんを選んだのだから、私にとってAさんの方が依頼したい人だったわけだが、Bさんが何か悪かったのかというとそれほどでもなく、何が決め手となったのかとしばらく考えていた。

考えた末、「私」を意識して話を聞いてくれているのがAさんだったからという結論に達した。何が言いたいかというと、Bさんは依頼した内容を今までの事例と照らし合わせてそつなくこなしてくれるだろうことは予測できたけれど、Aさんはそれとは別に「私」という依頼者を意識し、私がどんな人であり、Aさんに何をお願いしたいのかを考えてくれているのがわかった。

仕事をしていると同じような質問をされることが度々ある。私にとっては同じ質問であっても、相手にとってはただひとつの質問である。だから、こちらが勝手に「はいはい、その質問をするってことは〇〇ってことだよね」と括ることをしてはいけないと感じた。質問や事例が同じであっても、各々異なる人が考えて出した言葉であり、考えも千差万別だ。そのことを意識し、その人の最適解に近づく努力を惜しんではいけないのだと思った。

 

当たり前のことのようで、流れるように日々を過ごしてしまうと忘れがちになることがある。

同じ場所に咲いている花を毎日見ていると美しさを忘れるように、当たり前が当たり前でないことを私の目でもう一度確認してみたいと思った。

 

***


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 現在、発売されているちいさなかがくのとも4月号『ちょうがすきなもの知ってる?』を読んだ。たくさんの蝶と花が描かれていて眺めているだけで気持ちの良くなる絵本だった。春の柔らかい風やまだ少しひんやりとした空気とともにどうぞ。