バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

20240324

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何かを書き出せばそこから文字が流れていく。そう理解していても書く意欲がわかず、しばらく景色を眺めていた。

書くことを生業にしているわけではないので、ムリに書く必要もない。ただ溢れた感情と言葉の行き場を失ったときに書き留める場所があればそれでいいのだった。コップに注いだ水が表面張力をも越えて溢れだしたときと同様にしばらく時間を置くと自然に言葉が溢れていくのだから。

踊っている人々を眺め、雑踏に紛れる。映画ポスターをじっくり読んでいるひとの後ろをそっと通りすぎる。工事現場作業の合間にコンビニに買い出しに来たであろう作業服の人がペットボトルを何本も抱えている背中を見つつレジに並ぶ。ギターケースを担いでスマホをいじる男性。週末に駅チカの居酒屋で楽しそうに談笑しているサラリーマン。

私とすれ違った人々にはそれぞれの生活があり、おそらく以後も私とは関わることがないだろう。もしかしたらこのときが人生の中でその人といちばん近づいた一瞬だったかもしれない。

数年前、本などを通して知り合った方がもうすぐ遠方へ引っ越しをする。簡単な言葉が用意できれば良いのだろうけれど、何かそういう言葉ではないような気もして考えを巡らせている。もしかしたら誰かがさることに対する感傷が私は薄いのかもしれないと考えたりもする。

ずっと一緒に居てくれると言った人はことごとく去り、人は皆私を通りすぎていくものだと思っている節がある。それが流れなのだとしたら、表面だけの関係でありたいと考えてしまう。近づくのはこわい。どうせ去っていくのなら近づきたくはない。

「ずっと」なんてないのだと理解していても「ずっと」なんて言葉を持ち出されたら期待してしまう自分がきらいだ。

それでもだれかが発する言葉を信じて生きていたいと思ってしまう。ある種の自傷行為かもしれないが、やはり、未来に希望は持っていたいと強く願う私がいる。

生き方としてはおそらくド下手だろうけれど、私は自分の生き方がきらいではない。