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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

ネコヤナギの花穂に触りたかったけれど

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春を感じるのはくしゃみがひどくなったとか顔をかすめる風が暖かくなったとか街が闇に包まれる時間が遅くなったとかいろいろあるんじゃないかと思う。

ブログに梅の花の写真をあげている方がたくさんおり、それを見ても春がきたことをじんわり感じている。

 

私は先日、「ああ、こんな春もあったな」としみじみ思いだすような体験をした。

とある民家の庭にネコヤナギがあったのだ。ふわふわとした銀白色の毛を纏った花穂が木にいくつもついてるのを見て「あ、これ、私がこどもの頃に好きだったやつだ」と思いだした。昔に見たネコヤナギは背が低く、こどもの私でも手の届く位置に花穂が存在していた。猫の毛をイメージさせる花穂は触るとほわほわして気持ちが良く、てのひらいっぱいにその感触を楽しんでみたり、顔を近づけて頬に当てたりした。

先日みたネコヤナギは背が高く、花穂は大人の私が手を伸ばしても届きそうもなかった。だが、遠くから眺める銀白色の毛は触らずともほわほわしたあの日を思い出させた。

大きく広がる青空が思い出させたのかも知れないし、そのときの私がこどもの頃のように何も考えず、ただ楽しい時間を過ごしていたからかも知れない。

何度も台車をぶつけたような跡があるドアの前を通り、入り口にどれだけの人がいるのかと思わせるほど傘がかかった工場の前を通りすぎたあと、私の目に飛び込んできたネコヤナギは思った以上に私の心をつかんでいた。華やかとは言いがたいが、圧倒的な存在感があったのだ。

 道をもう少し進んで行くと川に行きついた。

静かに流れる川の水面がきらきら輝いていたため、靴を脱いで入りたくなったけれど、タイツを脱ぐのが面倒なので断念した。もうタイツを脱ぐような季節ってことなのかも知れないと思った。

 

私が進んで行く道はくねくねした道ばかりで、ちっともスムーズにいかないけれど、くねくね時間をかけたぶんだけ拾えるものもちゃんとある。

どこへ向かい、何をするかも明確にしない目的地のない旅は時々、目的地を定めた旅より得るものがある。

すべてを投げ出したつもりが新しい何かを持ってきてしまうなんてなんだか面白くて楽しい。

だから、また、路地裏のくねくね道をてくてく歩いて行こうと思う。

キミと一緒に。

 

 

こないだ、ON READINGで購入した『水に沈む羊』

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うつくしく凪いだ水面を見に来ては手を差し込まず帰るよどうせ

 

水に沈む羊 山田航第二歌集

水に沈む羊 山田航第二歌集