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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『消しゴム貸して』

おもひでばなし

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「消しゴム貸して」よっくんは私にそう言った。

教室での席は遠かったのだけれど、よっくんは美術の時間になるといつも私に消しゴムを借りにくるのだ。

「ねえ、部長、消しゴム貸して」

「良いけど、私はよっくんの部活の部長じゃないよ」

「でも、部長に変わりないんだから部長でいいじゃん」

「まあ、そうだけどさ…」

背はあまり高くなく細身の坊主頭。見た目から野球部とすぐにわかるよっくんは、女子バレー部の部長であった私を名前ではなく「部長」と呼んでいた。

「部長、今日も消しゴム貸して」

「良いけど、なんでいつも持ってないのよ」

「まあ、いいじゃん。借りてくねー」

私の消しゴムをひょいっとつまみ、自分の席に戻っていく。しばらく経つと「ありがとー」と返しにくる。いつもそれの繰り返しだった。

 

ある日の学校帰り。友達と途中で別れ、1人で家までの道を歩いていた。すると、横道から自転車に乗ったよっくんがひょいっと現れたのだ。

「あれ、部長」私に気づいたよっくんは、足を地面につけて自転車を止めた。

「よっくん、こんなところでどうしたの?家の方角違うよね?」

「うん。これからマツの家に遊びに行くとこ。部長の家ってこっちだったんだ」

「私の家はあの先の角を曲がったとこ。マツの家ならもっと先だね」

私がそう言うと、よっくんは自転車を降りた。300メートルくらいの距離を部活はどうだとか、マツってアホだとか、どうでもいい話をしながら一緒に歩いた。

「じゃあね。部長」

「ばいばい」

5分にも満たない時間だったと思うのだが、なんだかとても楽しかった。

いつも学校内でしか会わない人と外で会うということは、それだけで非日常気分になれたのだ。

 

次の日。

私はマキちゃんとおしゃべりしている中で「そういえば、昨日、偶然に家の近くでよっくんに会ったんだ。少しだけ話をしたけど楽しかった」と言った。するとマキちゃんは急に少し怖い顔になった。

「ねぇ、よっくんが誰と付き合ってるのか知ってるの?」

「知らない。あんまり興味ないし。よっくんって付き合ってる人いたんだ」

「あのさ、よっくんはチエちゃんと付き合ってるの。だからそういうの、やめたほうがいいよ」

咎めるような口調でマキちゃんは私に言った。

なんだかひどく傷ついた。

そういうのってなんだろう?

たまたま会って少しだけ話して…ただそれだけではないか。

「楽しかった」からいけないのだろうか。

わからない。私にはわからない。

けど、誰かと誰かが付き合うって大変だなって思ったんだ。

 

それ以後の美術の時間もよっくんは「消しゴム貸して」と私のところへやってきた。

「はい」って貸してはあげたけれど、色々気にしすぎて前より素っ気ない態度になっていた。

それでも「ありがとー」と変わらぬ様子でよっくんは消しゴムを返しにくる。

ただそれだけ。ただそれだけ。

 

3学期も終わりに近づき、思い出としてこのクラスで文集を作ることになった。個々の文章の他に「クラスの◯◯ベストテン」というランキングを載せるページを設けることになった。「クラスで1番面白いと思う人」「将来大物なりそう人」そんな質問に合うような人を選び投票していく。結果は文集が配られるまで内緒になっていた。

あと数日で中学2年生が終わるという日に文集が配られた。みんなは文集を手にするとすぐにパラパラとページをめくった。

「お、キムが面白い人の1位になってる」

「あー、賢い人はやっぱり佐藤さんか」

あちこちでそんな声が飛び交っていた。

私も文集をぱらりとめくりランキングのページを眺めた。すると、そこに私の名前があることに気づいた。驚いてドキンと心臓が鳴った。

私の名前は「クラスで優しい人」のランキングに入っていた。そんなに親切でもないのになぁと考えていたら、文集を片手に持ったよっくんがやってきた。

「部長の名前書いてあるじゃん。やっぱりな。優しいもんな。いつも消しゴム貸してくれたから俺も投票したんだよ!」

にこやかな笑顔でよっくんはそう言った。

「ありがとう」

よっくんにお礼を言った私は笑顔を作ったつもりだったけれど、もしかしたらだいぶ変な顔をしていたかも知れない。

 

嬉しいけど、心のどこかで嬉しくなかった。

私の心はよっくんのにこやかな笑顔と反比例するように、ずっしりと重たいものを持たされた気分になっていた。

 

私の心は何処にあるのだろう。

ふわふわ逃げて行ってしまったんだろうか。

それぐらい自分自身がわからなくなったのは、初めての経験だったんだ。

 

 

 


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