降りた駅は夏の湿った暑さが漂っていた。
私はじっとりとした空気を肌で感じ、やや不快に思いながら改札を出た。通路を通り、エスカレーターに乗ったあと足早に券売機へ向かう。
曇天のためか空はいつもより暗闇を連れてくるのが少し早いように感じた。
モノレールへ乗り込み、座席に腰掛ける。大きなスーツケースが車両の真ん中にいくつも置かれているのが目に入った。私はモノレールの横揺れに身を任せ、窓の外をぼんやり眺めた。降り出した雨が窓をコツンコツン叩き出した。雫が窓を流れ落ちるその向こうに煌々と明るい光を放つ建物があった。立体駐輪場だった。周りの風景に溶け込んでない駐輪場の灯りは上手く言えないが偽物に見えた。
高いマンションがいくつも立ち並んでいた。狭い区域の中に一体何棟のマンションがあるのだろう。明かりがついている部屋と真っ暗な部屋があり、まるでオセロのようだった。あの部屋の中にはそれぞれの生活があり、人が息づいているのかと思うと不思議に感じた。
やがて、右手に競馬場がみえてきた。競馬場には高い建物がないため、見通しが良く、とても贅沢な空間に感じられた。モノレールに乗っていて「土」を見られるのはここだけではないかと思った。
モノレールにゆらゆら揺られ、倉庫団地を横目に眺める。景色が変化し、空港が近づいて来ていることが路線図を見ずとも感じ取れた。
終始、静まり返っていた車内だったが、羽田空港国際線ビルに着くと、空気が慌ただしく動いた。大きなスーツケースを置き場から手に取り、降りていく外国人男性。軽装でリゾート地へこれから向かうだろうことを予想させるサングラスをかけた男性。様々な人が入り乱れる中に私も紛れ込んで下車をした。
夜の国際線ターミナルは落ち着いた雰囲気だった。椅子に座り、搭乗時刻を待っている方々の横を通り、ガラス張りの大きなエレベーターに乗った。到着音が心地良かった。
しばらくうろうろ徘徊したのち、今度は4F、5Fへ行ってみた。日本色を前面に押し出した造りをきょろきょろしながらゆっくり歩いた。
展望デッキへ続くドアを開けると外はざあざあ降りだった。
夜と雨と。
この2つが合わさると雑踏は快晴の昼間に比べ、かなり静かなんだと思う。
嫌いじゃない。むしろ微笑むぐらいには好んでいる。
旅のはじまりと旅のおわりにはこれぐらいがいい。
羽田空港国際線ターミナルを後にし、再び東京モノレールへ乗り込む。
先ほどとは逆回転の車窓。倉庫団地を過ぎ、高いマンションを眺める。
気持ちばかりだが、明かりのついた部屋が増えたように感じた。それぞれが帰る場所。
なんだか気持ちが良くなり眠ってしまいそうだった。
夜と雨と。打ちつける雨音と流れるしずくと。
瞼を閉じかけると、再びまばゆい光が視界に飛び込んできた。立体駐輪場だった。
この明かりはこの辺りで一番明るいのではないかと思えるほどの存在感を放っている。おそらくそうではないはずなのだが、モノレールからほどよい距離にあるため、視界に入ってしまうのだろう。
その明かりは私を非現実から現実へ引き戻した。
終点で下車した私を生温い空気が迎えてくれた。
雨が降っているためか幾分、空気は澄んだような気がした。
エスカレーターに乗り、改札を出る頃にはモノレールに乗ったことは私の過去となった。
次に乗るのはいつになるのであろう。
その時にはどんな景色が見えるのだろう。
視界に飛び込んでくるものは私の心と常に相関している。
また、いつか。
モノレールに乗る前に飲んだ美味しいコーヒーの味を喉の奥で反芻する。
また、いつか。
君にコーヒーをいれてもらうまで。