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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

SとLとPとM

ニッキ 思った こども・学校 おもひでばなし

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週末に部屋の片づけをしていたのですが、掘り起こした物たちをいちいち眺め、なかなかはかどらないというお約束な楽しい時間を過ごしました。(結局、何とか終えましたが)

出てきたものと言えば、娘が0歳児の頃に保育園でやりとりしていた生活メモだったり、エコー写真をまとめたアルバムだったり、それからこども達が作った製作物だったり、色々です。

なんとなく捨てられなかったこども服をえいやーっと袋に詰め、ここ数年を綺麗に片付けた気分になりました。

 

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先日、あるテレビ番組に元教師の方々がでていらっしゃって、中学校のクラス替えはこんな風にやってるんですと紹介していました。

各中学校で違っているとは思いますが、その先生がいらした学校では、まず成績順に生徒を並べていき、次に「S」「L」「P」「M」という記号がつけられた子達がそれぞれのクラスに入るように入れ替えるのだそうです。

「S」はスポーツの得意な子で、クラス対抗リレーなどで接戦になると盛り上がるので、割り振っていくのだそう。

「L」はリーダーになれるような子で、リーダーシップを取れる子がクラスにいないと困るので。

「P」はピアノが弾ける子で、合唱コンクールの伴奏者がいないと困るから。

そして「M」は問題のある子で、内容な様々だと思われますが、1つのクラスに偏らないようにしているみたいです。 

その他にも決めるポイントはあるのでしょうけど、私が通っていた中学校がこの方法を採用しているとしたら、私はきっと「S」と「L」をつけられていたのだろうと思いました。

スポーツが得意だったので「S」がつくのは良いのですが、この「L」がなかなかの曲者でした。なぜならこちらが希望せずとも「長」とつくような役を押し付けられることが多々あったからです。

番組の中で「せっかくピアノの出来る子を各クラスに割り振ったのに、その子がやりたくないと言い出すと大変なんですよ…」とおっしゃられていて、大人の都合としては至極当たり前の思いだと感じましたが、生徒にも生徒の都合があるのだから、その辺少しは汲んでくれよ…とも思いました。例えば、リーダーを引き受けて、そこでトラブルに巻き込まれた直後にまた別のリーダーを頼まれたら、お断りすることだってあると思うんです。ピアノだって、一生懸命やっているのに陰口を言われて嫌になることもあると思うんです。

生徒は先生の気持ちも少しはわかっていて、「きっと私が引き受けないと困るのだろうなぁ…」とどこかで感じている場合もあるのに、それでも断るのには理由があったりするのではないでしょうか。現に私はそんな思いの中で渋々引き受けたことがたくさんありました。先生との信頼関係が出来ていて、「あなたにお願いしたい」と伝わるようだと引き受けやすかったですけど、「出来るんだからやってくれなきゃ困るのよ」を前面に押し出してくる先生は苦手でした。自分の都合ばかり押し付けてくるなと思ったりしていました。

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中学3年の時、廃品回収の地区責任者になりました。先生からの指名です。こちらの希望もなく、勝手に責任者欄に名前が書いてありました。

その時の廃品回収の方法は、生徒が各家庭から廃品を回収し、それぞれの地区にある公園などに集めます。その後、各公園をトラックがまわり、廃品を中学校へすべて運びます。そして中学校へ集められた廃品をしっかりと分別し、空き缶なんかを潰して完了といった形でした。

廃品回収の地区責任者になると、公園にトラックが回収に来るまでずっと居なければなりません。公園にトラックが来て回収されたのち、自転車で20分以上かけて学校まで行き、分別もしなければなりません。一般の生徒は各家庭から廃品を回収して終了なので、それと比べると拘束時間が2〜3時間程度長くなります。

公園で廃品の山を眺めながら、同じように責任者となったSくんと「理不尽だ。なぜ私たちはこの役を一方的な思いでやらされているのか!」と文句を言いながら、ビニール紐を1つ解き、マンガ雑誌を読みながらトラックを待っていた記憶があります。「読んじゃいけないのかも知れないけれど、これぐらい役得と思わなきゃやってらんないよねー」と雑誌の山に仰向けになって寝っ転がったりしてました。見上げた空はとても青く晴れ渡っていて「こんなに天気が良いのに私はいったいここで何をしているのだろう」と思いました。横の道路を通り過ぎる同級生のキャッキャウフフの声は全てを解放された自由な声に聞こえました。

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息子が中学に上がる際、「中学校って言うのは小学校よりもそこそこ面倒なところだと思いなさいね。皆、多感な時期で必ずぶつかりあったり、嫌な気分を味わうところだと思いなさいね」という話をしました。

私が過ごした中学時代を振り返った時に自然と出てきた言葉でした。

面倒で、辛いことが多いけれど、全てを我慢する必要はもちろんありません。自分自身で取捨選択することも学びの1つです。

中学校はこれから大人へ向かう上で様々な人がいるということを知る機会になるのでしょう。

すでに息子は自分の味方になってくれそうな先生を見定め始めています。

どうやら嫌な言葉をかけてくる生徒がいるようで、担任に相談するもあまり改善されないため、次の方法へ出る模様です。

 

「クラスで6、7人ぐらいいるんだよね」

「それってけっこう多くない?」

「けど、6年生の時はクラスの半分ぐらいだったからまだマシかな」

 

現状を伝えてもらえる人であること、それが私にできることです。

改善されなければ、最後は出ていこうと思ってますけど、もう少し様子を見て考えようと思っています。

 

時には現実逃避に好きなものを見る小旅行へ出かけるのも良いでしょう。

倒れない程度のバランスを保ちながら、また一緒にエレベーターへ乗りましょう。