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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

「眠れない夜は体を脱いで」

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太陽の光が優しく降り注いでいる穏やかな日だった。

毛布を干したあと、空気の入れかえするべく部屋の窓を開けた。ほんの少し前まではどれだけ天気が良くても、窓を開けるとものの数分で肌寒く感じたが、今日はずっと窓を開けていられた。少し目のつりあがった、いわゆる「シュッとした」青年のような風が部屋に入ってきて心地良かった。

花を買いに行った。部屋に飾るためのちょっとしたお花。迷った末に白いトルコキキョウにした。お花と果物を購入するのは、贅沢なことだと思っているが、心にゆとりをもたらすもの達を私は傍らに置いておきたい。

時々、自分は今、泥沼の中にずぶずぶ沈んでるのではないだろうかと感じたりする。実際、ずぶ……ぐらいは沈んでいるのかも知れないけれど、そこから這い出る力を持っておきたい。できるかどうかは別として、私自身を信じてみたい。

 

綾瀬まる「眠れない夜は体を脱いで」を読んだ。

連作短篇集なのだが、読み終えた後、微笑んでいる私がいた。好きだ、この本。登場人物はみんなどこか不器用で、どうにかなんないの?と思いつつ、私も似たようなところがあるなぁと苦笑いしていた。深夜の掲示板にあったスレッド「手が大好きなので、いま起きている人の手の画像をください!」でそれぞれの物語がかするように繋がっていた。

以前にも書いているが、私は手が大好きなので、このスレッドタイトルだけですべて持っていかれた感がある。むしろ、私はこのスレッド主になりたいぐらいである。

「手は口ほどにものを言う」

周りの人にそう言い続けて、何年になるだろう。「手をみせてくれない?」という恥ずかしい問いかけをしたことも何度かある。荒れた手、爪のところにオイルの色が染みついた手、関節の太い手、血管がぷくぷく浮き出ている手、どれも好きだ。爪も細長いのやら、四角いのやら、個性的ではあるが、みんなその手を使ってモノを書き、箸を持ち、髪の毛を洗う。エレベーターのボタンを押し、吊革につかまり、他の誰かと握手をする。恋人の髪をなで、頬を触り、ゆっくりと抱き寄せる。

私が「手」を好きな理由はビジュアルだけではなく、「手」の奥にある物語を感じたいからだ。同じものはないそれぞれの物語を聞いてみたいのだ。

 

 「眠れない夜は体を脱いで」の中で、中年の女性が年老いた母親を煩わしく思いながらも、ふと気づく一文がある。

思えばこの人は、自分が思う正しさを、理解の出来ない変わり者の娘に一度も押しつけようとしなかった。

私もこのようになりたい。私の思いを押しつけないで、相手を尊重する。もう少し言うならば、私の思いがすべて正しいと思い込んではいけない。そういうことだ。自らを疑い、相手を見る。相手を知ろうとすることは、時にひどく疲れるが、糸のような細いことでも理解できれば近づける。最終的に反りが合わなかったとしても、理解しようとしたことは無駄ではないと思うのだ。

 

トルコキキョウを眺めながら、なんとなく花言葉を調べた。

いくつか並んだ花言葉の中に「希望」という言葉があった。

 

 

 

 

眠れない夜は体を脱いで (文芸書)

眠れない夜は体を脱いで (文芸書)