
12月31日。
大みそかの夜。
冬子の家で夏海はこたつに入りながら鍋をつついている。ガキの使いの笑ってはいけないを見ながら時々紅白にチャンネルを合わせる。
「ねえ、昔さ、ガキの使いで1000人ドッジボールってあったよね。あれにめちゃくちゃ出たかったんだけど、私、小学生だったから無理だったんだよねー」
夏海は豆腐をはふはふと口に入れながらそう言った。
「え?そんなのあったっけ?でも夏海は小学生の時ドッジボール上手かったもんね。男の子もガシガシ当てていくから見てて気持ち良かったよ」
冬子は冷蔵庫から追加のビールを取り出し、足で閉めながら言った。
「あの頃って、男とか女とかそんなのが分かってきた頃じゃない?なんだかさ、そういうの嫌になっちゃって負けてたまるかー!とボールを投げてたんだよね。今思うとバカみたい」
夏海はビールを飲みながらふふっと笑い、冬子に顔を向けた。
「で、色々あって、今は2人で大みそかに鍋を囲んでるってことね」
冬子はビールをぐいぐいっと飲み、フーッと息をついた。
テレビでは田中が例のごとくタイキックをくらっている。
「あれ、かなり痛いんだろうね」
冬子はシイタケにカプッとかぶりついて言った。
「でもまだ柔らかいお尻だから良いのかな。山崎の蝶野ビンタとどっちが痛いかなぁ?」
「あ、あたしは蝶野好きだからビンタくらいたいわー」
「なにそれ。どえすですか」
くだらない話をしながら鍋に手を出す2人。立ち上る湯気のせいか顔がほんのりと赤らんでいた。
「そういえば、美香の彼はこないだのクリスマスにホテルを予約してくれたらしいよ」
夏海がこのタラうまいなとぼそぼそ呟きながら言った。
「えー、こんなご時世でもそんな男がいるのね」
「でもね、その後すぐ別れちゃったんだってー」
「ふふっ。美香っぽいね。そういうとこあるよね、あの子」
「でもさ、美香はすぐ彼氏できるから良いじゃん。私達、こんな日に鍋つついてるって言うのに」
「まあ、私達ってこれが楽しいじゃない?食べて笑って下衆い会話してアハハーってやつ」
2人は目配せするとビールを持ち上げ「乾杯」とカツンと缶を合わせた。
グツグツ煮える鍋の音。
テレビから聞こえる音はなんだか遠く聞こえる。
「さて。行きますか!」
急に大きな声で夏海はそう言いながら立ち上がった。
「え?どこに?」
冬子は夏海を見上げながら腑抜けた顔で尋ねた。
「子供の時みたいに鐘、つきにいこうよ。ゴーン、ゴーンって。ね?」
鐘の数は煩悩の数
じゃあ、ちょっと突きに行こうか。
靴を履いて外へ出た。ほろ酔いでフラついた夏海は冬子の腕を掴んだ。
「ほら、しっかり歩け」
冬子は夏海の腕を取り、手を繋ぐとブンブンと大きく振って笑いながら歩いた。
真夜中なのに華やかな、どこか未来の香りが漂う夜。
お寺が近づいてくるにつれ、人が増え始めた。それが合図であるかのように2人は静かに手を離した。
お寺につくと、テントの下で甘酒が振る舞われていた。ちょっともらってくると言った夏海にまだ飲むのかと冬子は呆れたが、両手に甘酒を持った夏海を見て可愛いヤツめと思ったのだった。コレも配ってたよと夏海はポケットからのし袋に入ったすあまを取り出した。
片手に甘酒、片手にすあまを持ちながら鐘をつく列に並ぶ。ゴーンと鐘をついている親子を見て子供が欲しいなと冬子は言った。
夏海は「今年の思いを全部ぶち込んでゴゴゴーン!!って大きな音でついてやるんだから!」と意気込んでいたが、自分の番になり、鐘つき台の階段を一段上がる時につまずいた。いやだ、幸先悪いよぉ…と冬子に照れながら言い、それでも力強くゴーンと鐘をついた。冬子も同じように鐘をついた。
鐘をつき終えた2人が鐘つき台を降りると、そこに小学校の同級生である洋平がいることに気づいた。洋平は隣に小柄で可愛らしい女性を連れていた。
「お、洋平じゃん。可愛い彼女連れちゃって」
夏海はへらへら笑った。
「あれ、夏海と冬子か!久しぶりだな。俺、もうすぐ結婚するんだよ、コイツと」
洋平がそう言うと隣にいた女性は微笑んで少しだけ頭を下げた。
「マジで?おめでとうー。そうだ、良いもんあげるよ。だからちょっとだけ下がって洋平」
夏海はなにか企んでいるような表情をしながら洋平にそう言うと、「これを受け取れー。ドッジボール女王と言われた夏海様の球を受けてみよ!」とポケットから取り出したのし袋を洋平に投げつけた。慌ててのし袋を受け取った洋平に「それ、すあま。うまいよ」と夏海は言った。
「ありがとう…ってこれそこで配ってるやつじゃん!」相変わらずだなーおまえはと呆れながらも洋平はげらげらと笑っていた。その横でごめんなさいね、こんなヤツで、いえいえ。と小柄な女性と冬子はクスクス笑いながら話していた。
洋平達にひらひらと手を振り別れを告げてから、2人はお寺を出て冬子の家へ向かった。
「昔さ、年明けの瞬間に宇宙へ近づこう!って言ってさ、12時ちょうどにせーの!でジャンプしたよね」
夏海が星を見上げながら手を空へ伸ばして言った。
「あったね。そんなこと。手を繋いでせーの!で飛んだよね」
冬子は懐かしいと目を細めて月を眺めた。
「あれ、やろうよ」
「え?」
「いいじゃん。これから1年、また夢見て行こうよ。宇宙まで。」
夏海は冬子の手を取ると、腕時計に目をやった。
「今、11時58分だから後2分」
「じゃあ、まだ手を繋がなくていいね」
「嫌。もう繋いでおこうよ。私、冬子とはずっと繋いでいたいの」
夏海は手に力を入れギュッと冬子の手を握った。冬子もまた夏海の手を握り返した。
「ほら、あと5秒…4…3…2…せーの!」
飛び上がった2人は繋いだ手を宇宙へ向かい、ぶんっと高く高く振り上げた。
月明かりに照らされた不思議な影。
野良猫が驚いてビクッと体を固め、目を大きく見開いた。