バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

カラメルはちょっぴり苦い。

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プリンをつくった。

水、グラニュー糖、バニラエッセンス、卵、牛乳で作る昔ながらのプリン。蒸すのではなく、オーブンで蒸し焼きにしてみた。カラメルの苦味がほどよく、スプーンを入れるとやや固めの感触が手に伝わってきた。素朴な味は遠いあの日を思い起こさせるようだった。

こないだ、チョコチップとくるみのスコーンを作った際、クルミキャラメリゼするためにカラメルを作ったのだが、思ったより難しかったので、家にある鍋がカラメルを作るのに不向きなのではないかと推測した。今回、プリンのカラメルを作るのに、テフロン、またはホーロー素材の鍋を購入しようといくつか見て回った。結局、500円の小さなテフロン製フライパンにした。テフロンは長持ちしないから、そんなに良いものはいらないし、小さい方がお菓子作りには適している。

このフライパンでカラメルを作ったら、めちゃくちゃ簡単に出来て笑ってしまった。

レシピには材料と手順しか載っていないけど、道具を再検討することも必要なんだなと思った。


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『かのじょは、夏』という舞台を観た。

ストーリーは割愛するが、心の動きが手に取るようにわかってしまい、とても苦しくなった。登場人物に感情移入するとかではなく、自分が置かれている状況をシンクロさせてしまい、涙が出てきてしまった。もちろん、それを引き出したのは作品が素晴らしいからなのは言うまでもない。

誰にも話せずにいることが年々、増えてしまっている。寂しくて切なくて。この感情はどこにしまっておけばいいのか悩んでしまう。

 

「明るい人」とよく言われる。自分でも人前で不機嫌になることは少ないと思っている。でも、それは「誰にも心を許していないからなのではないか」と考えることがある。

「できるだけ場の空気を良くしたい、楽しくいたい」と、自然と明るく振る舞っているつもりが、ひとりになったとたん、とんでもなく疲れていることがある。

どうしようもないな。

生き方が下手だと言われるのはおそらく、そういうところも含まれるのだと思う。

 

ちょっぴり沈んで、また、浮かんで。

ぷかぷか波に身をまかせましょう。

 

 


https://youtu.be/PH1kTtubXAI

美味しいごはん


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上間陽子さんの『海をあげる』を読んだ。

沖縄で暮らす著者が、このエッセイを通して響かせてくる声はじわじわと大きくなり、読み終えて数日経った今、私の一部として心に住んでしまっているかのようだ。

私は沖縄に縁がなく、沖縄と言えば、陽気なひとが多く、のんびりしていて、けれど、基地問題に頭を悩ませているぐらいの認識で生きていた。

沖縄とはなにか。沖縄に基地があることについて、正直、深く考えることはあまりなかった。

この『海をあげる』は、そういった認識のなかった人に、少しずつ語りかけ、考える場を与えてくれているように感じた。また、家族や戦争についても考えることとなった。

 

この本、すべてが素晴らしいのだが、いちばん最初の「美味しいごはん」のはなしを読み、私はすぐにぽろぽろ涙をこぼしてしまったので、今回はこのお話のことを書くことにする。

私の娘はとにかくごはんをよく食べる。

この書き出しの意味するところ、それは、食べられなかった時期を経験した著者が、当時、友人が作ってくれた粕汁は全部食べようと心に決め、食べ始めたらあまりにも美味しかったことにあるのだろうと思った。

どれだけ辛くてもお腹は空くし、食べることは生きることだと理解したのだと思った。

著者が娘に教えたかったことの文章が好きだったので引用する。

これからあなたの人生にはたくさんのことが起こります。そのなかのいくつかは、お母さんとお父さんがあなたを守り、それでもそのなかのいくつかは、あなたひとりでしか乗り越えられません。だからそのときに、自分の空腹をみたすもの、今日一日を片手間でも過ごしていけるなにものか、そういうものを自分の手でつくることができるようになって、手抜きでもなんでもいいからそれを食べて、つらいことを乗り越えていけたらいいと思っています。

私の娘は私が作ったものを美味しそうに食べる。それを眺めていると、明るい兆しが見えず、止まっているかのように感じた世界が動いていると実感する。

美味しそうに食べる人は、同じ時間を過ごす者の気持ちを和らげる。

また、料理を作った人の心をも明るくする。

 

私は食べているひとの笑顔が見たくて、料理やお菓子を作ることがある。

少しだけ楽しくなったでしょ。

今日もおつかれさまね。

 

少しだけ時間がある今、「お菓子を作って子どもの帰宅を待つ」という、昔からやってみたかったことを実行している。

 

おそらく、生涯のうちのほんの一部、洋服に糸くずがついたぐらいの時間だろうけれど、そんなささやかなことって案外、記憶に残るのではないかと思ったりしている。

 

私が母親の作ったカップケーキを思い出せるように。

 

 

海をあげる (単行本)

海をあげる (単行本)

  • 作者:上間 陽子
  • 発売日: 2020/10/29
  • メディア: 単行本
 

 

 

なんとかなるさ。

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みかんを買った。

みかんをこたつの上に置いたから、もう大丈夫かなって思う。

なんの根拠もない、大丈夫。

息苦しさや不安はずっと離れていかないけれど、それでもなんとなく、大丈夫。

思いこんだら、なんとかなるさ、大丈夫。

 

母と電話。

内容は重たい話ばかり。

けれど、お互いそれを感じさせないように、軽快に話すところが似ているなぁと思った。

「ねぇ、大丈夫かな」

「まあ、なんとかなるさ」

「そうよね、私たち、そうやってきたもんね」

「そうだよ、なんとかなっちゃうわよ」

「ふふふ」

「まあ、元気にやりなさい」


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弱ることも多い年齢ですし、自分の力の限界も知っているのだから、頼れるところに頼りましょう。

いつも、そんなふうに、電話は終わっていく。

流されるのではなく、受け止めるように一緒に流れていきましょう。

そういう強さもあると思うのだ。