
1年ぐらい前の話。
会社の人と飲んでいたら友達からメールがきた。
「今から電話してもいい?」
彼女から私に電話がかかってくることは滅多にあることではなく、更に電話をしても良いか事前に伺っている様子からも「これは、ちょっと長電話になるかもな」と予想できた。
「今は外にいるから家に帰ってから電話しようか?何時になるかわからないけど」とメールすると「何時でもいい」と返ってきた。
自宅へ着いてからお風呂へ入り、一息ついたところで(確か23時30分ぐらい)「さて電話しよう」と思ったらなんと私は彼女の電話番号を控えてなかったらしく電話番号がわからなかった。
おおっ・・と小さく声を発してからメールで「ご、ごめん。電話しようと思ったら番号わかんなくなっちゃった。番号教えて」と尋ねたら「私からかけるよ」とメールが来た。しばらくして電話が鳴った。
「・・もし、もし」
久しぶりに聞く彼女の声にあれ?こんな声だったかな?となんだか不思議な気分になったが、よくよく聞いてみると彼女は泣いていた。
彼女はある病を患っており、1日の大半をベッドで横になっているような生活を送っている。
そんな中での僅かな楽しみはインターネットの世界へ入り込み、好きなサイトを見たり、ちょっとした知り合いとやりとりしたり・・そのようなことであったようだ。だが、手に力を入れたりするのもだいぶ困難だったのでそれさえも長時間続けるのは苦痛だったらしい。
苦痛でありながらもやはり誰かと関わりを持ちたくて、またそれが楽しくて、ネットの世界へ入り込む。そんな中で、信頼していた人に裏切られたのだと彼女は語った。
涙声の中、ただひたすら彼女は話を続けた。
きっと、色んな思いを内に抱えていて、全部出したかったのだろう。
私は時折、「うん」、「そうだね」とこたえ、そして「手、辛くない?」と力の入らない手で電話を持っているであろう彼女を気にした。
ふと時計を見たら午前1時30分ぐらいになっていた。すでに2時間が経過していた。
申し訳ない話だけどさすがに少し眠くなってきた。私のこたえ方ももしかしたら雑になっていたかも知れない。ボソボソと眠い頭の中、差し障りのない返答をした。(と思っていた)
そんな時、彼女は私に対する不満を述べてきた。
・私の発する言葉は教科書通りの正論すぎる。
・本当に出口もどこだかわからない人の悩みなんてわからないでしょうし、考えたこともないでしょう?
確かそんなことを言われた。
私は今までに死にたいと思ったことが一度もない。逃げ出したい!と思ったことは数えきれないぐらいあるけれど死にたいと思ったことはない。
そして、大きな、とても苦しくなるような挫折もあまり体験したことがないと思っている。(強いてあげるとするならば、息子を出産した後の1年間は手探りで何もわからず、思うようにいかず辛かったなぁと思う)
そんな感じにぬるま湯に浸かりながらぷかぷかと今まで生きてきたんだと思う。
それは逆に私自身の不安要素でもあって、人から「ツライ」と言われた時にどれほど自分は理解できるだろうか?といつも考えてしまう。そんな私から発せられる言葉はきっと薄っぺらく、何も受け止めず、何も感じられないものだったんだろうなと思う。それを彼女は指摘したのだ。
彼女にそう言われた時「ああ、そうかもしれない」と思った。チクリと痛かったけれどその言葉は的を射てると思った。
だが、私もそこまでできた人間ではないので、深夜のこの時間まで約3時間(結局2時30分ぐらいまで電話をしていた)話を聞き続けたのにそれはないでしょう・・と思う気持ちもあった。
次の日。
彼女は私に長文のメールをくれた。
「後から考えて見たのだけれど、話を聞いてくれた私に対して酷いことを言った」とそこには記されていた。
私もメールを書いた。
「わからないまでももう少しあなたの気持ちに寄り添ってあげられたら良かった…」と。
彼女はそれからまたメールをくれた。
「歩くのもだいぶキツくて家の中では這うように移動していたから、思い切って車イスを買った。今までは外の景色が見たかったら家族に車でドライブへ連れて行ってもらっていたけど、これで自分の好きなように動けるわ」
私は彼女がこう思えるまでにどれほどの辛さを味わってきたのだろうと思った。そして、このメールはこちらを少しでも安心させるために出来るだけ柔らかく表現しているのだろうとも思った。
私はその立場でないからあなたのことを知ったように言うことは出来ない。
ずっとこのスタンスできたけれど、そんなものに縛られずともよかったんだ。
ただ一言「大変だったね」とふわりと軽く言ってあげられたら良かった。
***
息子が3歳の時。
私は今の場所に馴染むことに一生懸命で自分のことは後回しにしてひたすら突っ走っていた。
息子の運動会当日。私は39℃の熱を出した。それでも私は親子競技に出場してなんとかやり切った。
次の日は本当にダルくて休みながらなんとか過ごした。日曜日で良かったと心から思った。
月曜日になり、仕事へいつも通り向かったがまだ39℃の熱は下がらなかった。その次の日も熱は下がらなかった。さすがにもうツラくて仕事へ行く前に病院へ駆け込んだ。
そこは小さな医院で女医さんが私を診てくれた。
「あぁ、喉がこんなに腫れて…。早く病院へ来たら良かったのに」と言われたので、「こちらへ来てまだそんなに経ってないし、子どもも見なければいけないし、仕事もあるんです。頼める人もいないので何とかしなければと自分のことは後回しになってしまいました…」と答えた。
すると女医さんは責めるでもなく、ただ一言「大変だったわね」と私に言った。
その「大変だったわね」の一言で私がなんとか持ちこたえていた糸がプツリと切れ、涙が溢れて止まらなくなった。
ポロポロと手に落ちる涙を拭いながら、背中をさすってくれた女医さんの優しさを感じた。
私がしてあげたかったこと。
それはただ「大変だったね」と言ってあげること。
これだけはずっと忘れずにいたいと思っている。