バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

イルカのイヤリング

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お風呂から上がり、バスタオルで髪の毛をわしゃわしゃと拭いていると、コロンとピアスが床に転がった。

お風呂に入る前にピアスを外すのを忘れたのだ。
 
コロンと転がった青いトンボ玉のピアス。
涼しげで良いのだが、もう夏も終わるからこのピアスは引き出しにしまっておこうと思った。
 
手に取り、フックをつまんでゆらゆらさせながら眺めていると、青い波のように揺らめいた。
それを眺めていたら、イルカのイヤリングの事を思い出した。
 
***
高校へはバスで通学していた。
最寄りのバス停から学校がある終点のバス停までは約30分。
ゆらゆらと揺られながら、友達と話をしたり本を読んだりして過ごした。
部活を終えると、行き先を告げるバスのパネルは大抵、赤か緑色に光っていた。「赤」は最終のバスで「緑」はその1つ前。最終バスなのに、21時と言うのは早すぎではなかろうか?と思いつつも、それ相応の田舎であり、利用者数を考えれば納得せざるを得なかった。顧問がバスの時間に間に合うように練習を切り上げてくれていたことにはずっと感謝していた。「バス組がいないと練習にならんからな」って言ってたっけ。
そんな生活だったので、平日は朝と夜のバスから見える風景しか知らなかった。
 
高校があるバス停の2つ手前のバス停のところに、チチカカみたいな民族雑貨を扱っている小さなお店があった。朝と夜にバスから見えるそのお店は当然ながらシャッターが閉まっていたけれど、土曜日は部活があるため昼間にバス乗ることがあり、そこがどう言ったお店なのか、バスから見える範囲で理解していた。
 
ある日。
定期テスト前だったため、放課後、友達と図書館へ行った。
勉強を終え、バスで帰宅するためバス停までの道を1人で歩いた。(一緒に勉強していた友達は電車通学だったのだ)
ゆっくりブラブラと景色を眺めていたら、バスから見えていた民族雑貨屋さんのすぐそばまで歩いていた。
いつもバスからの距離でしか見ていなかったので、興味本位で中を覗いてみると、奥にはキレイな色のワンピースや籐で出来たバッグなどがあるのがわかった。手前の窓には左右から孤を描くように麻紐が吊るされており、そこにネックレスやピアスなどのアクセサリーがぶら下がっていた。
私はそこにぶら下がっていたイルカのピアスから目が離せなくなった。
銀製でイルカの尾が上を向き、ドーナツのような形をしていた。少しゴツゴツした感じもイルカの顔が可愛すぎなかったのも素敵だなと思った。欲しいと思った。
けれど、高校生の私はピアスの穴など開けておらず、ただしばらく食い入るように眺めていた。
何分ぐらい眺めていただろうか?
凝視することをやめ、一歩後ろへ引いた時、窓に張り付いている1枚の紙に気がついた。
 
「ピアスはイヤリングパーツに変えることも出来ます。お気軽にお声がけ下さい」
 
一気にテンションが上がった。
この張り紙は私の為にココに張ってあるんじゃないかと思った。すごい。先を読まれてる!とまで思った。
値段的には手が届かない物ではなかったし、買わない理由もなかった。
 
だが、大都会にあるわけではない町の民族雑貨屋さんへ入るその一歩がどうしても踏み出せなかった。
中にはお客さんらしき人もおらず、入りづらいことこの上ない。
何度も入口へ行きかけたのだが、どうしても私はドアを開けることが出来なかった。
そのうち、バスがあちらからやってくるのが見えてきた。
私はイルカのピアスが気になりながらも、その日はバスに乗り、家に帰ったのである。
 
次の日、そのまた次の日…とバスは毎日民族雑貨屋さんの前を通り過ぎる。
朝晩、シャッターは閉まっていても、私はあのシャッターの中に何があるのかを知ってしまった。
そしてずっとずっとソレが気になって仕方がなかった。
 
土曜日。
私は今日こそ必ずお店に入ろうと決意した。
部活仲間と途中で別れ、1人でお店に向かう。
なぜか友達と一緒に行こうと言う気持ちにはならなかった。自分だけの秘密みたいな、それでいて自分に課せられた使命みたいな、そんな変な気持ちでいっぱいだった。
 
お店に着き、窓からそっとイルカのピアスを確認してみる。
イルカのピアスはまだそこにぶら下がっており、やはり素敵だと思った。
 
勇気を振り絞り、お店のドアに手をかけた。
カラコロン。
ドアをゆっくり押すと入口のベルが鳴った。
私は店に入るなり、そそくさと窓の方へ移動し、お店の中からイルカのピアスを眺めた。
こちらから見るイルカの顔も可愛げがないのが堪らなく良かった。
またそこでしばらく眺めていた。
「眺めていた」で間違いないのだけれど、本当はそのピアスを手に取り「イヤリングにして下さい」の一言を発するのに時間がかかったのだ。
自分の気の小ささが時々嫌になるが、今日は必ず買って帰ると心に決めているんだ、私はただタイミングを図っているだけだ、とずっと自分に言い聞かせていた。
 
数分かかって、やっと私はピアスを手に取りレジに向かった。
そしてお店の人に「こ、これ、イヤリングに変えてください!」と言ったのだ。
 
お店の人は私の勢いに呆気に取られた様子だったが、ニコッと微笑むと、
 
「良いですよ。本当はイヤリングに変えると少しだけお金がかかるんだけど…本当に欲しそうだったし、このイルカ、『幸せを呼ぶイルカ』だからサービスで交換しちゃうわね」
 
と言って下さった。
とても嬉しかった。
 
あの可愛げのない顔のイルカが『幸せを呼ぶイルカ』なんて、にわかには信じ難いけれど、すでにイヤリングパーツをサービスしてもらったのだから、幸せを呼んだのだろうと思った。
 
ピアスからイヤリングに変わった銀製のイルカは、私の耳でゆらゆらと揺れてくれていた。
銀はすぐに黒ずむので、こまめに磨いて大事に使った。
磨くとゴツゴツしたイルカの体にも艶が生まれて、私の顔を薄っすらと映しだすのだった。
 
 
 
私は高校を卒業したのを機に、ピアスを開けた。
ピアスホールが出来た耳たぶには、洋服に合わせるように色んな形のピアスが代わる代わるつけられていたけれど、もう、私はイヤリングをつけることがなかった。
ピアスの方がたくさん種類があって、可愛かったんだもの。
 
 
あのイルカのイヤリングは今、どこにいるのだろう。
実家のどこかの引き出しに置いてあるのだろうか。
元々、ピアスだったイルカなのだから、どうにか探し出してまたピアスにしたいと思い始めた。
次に実家へ行った時に大捜索をしよう。
きっと、真っ黒にくすんでいるだろうけど、どうにかして元の可愛げのないイルカにしてあげよう。
 
 
そしてまた私に幸せを運んでもらうのだ。
 
それがとても些細なことだったとしても、おそらく私は幸せなんだと思う。