
毎朝、娘が可愛いヘアゴムを片手に私の所へやってくる。
早くすませたい気持ちと不器用であることが相まって、サイドにちょこんと結んであげるだけなのだが、それでも娘は「結んで〜」とゴムを持ってくる。きっと、結んだ方が気分が高まるのであろう。
「はい、できた」
娘はゴムで結わかれ、ちょりんとなった髪をを軽く手で触れると、よし!とばかりにランドセルを背負う。
朝の儀式。
いってらっしゃいの合図。
はい、今日のコーデはいかがでしたか?娘さん。
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私が通っていた中学校は校則により女子は肩より長い髪の毛が許されていなかった。ゴムもダメ、ピンもダメ。今だったらあり得ないと思うし、その当時でも珍しい校則であったと思う。(ちなみに男子の髪型については特に校則は設けられていなかった)
ロングの方が似合う女の子でも、小学校の卒業式を終えると泣く泣く断髪式を行わなくてはならない。中には「記念に切った髪の毛をもらってきた」という強者もいた。私も6年生の時はロングだったため髪の毛をばっさり切った。おかっぱ頭になったのだけれど、特に何も感じなかった。
入学式を終え、中学校生活に馴染んでくるとともに、だんだんわかってきたのは「後姿では誰が誰だか全くわからない」ということだった。ショートかおかっぱ頭でピンもなければゴムもない。体系で少しは分類できたとしてもそれ以上は人物を特定出来ない。校内では制服かジャージだし、本当に誰が誰だがわからなかった。
私はバレー部に所属していたのだが、日曜日に部活を終えると度々「ねぇねぇ、ブーメランに髪の毛を切りに行こうよ」と皆を誘っている友達がいた。「ブーメラン」は学校近くにある美容院の名であり、そこで髪の毛をカットしている子がとても多かったのだ。月曜日に学校へ行くと、ブーメランへ行って来た子はすぐにわかった。なぜならブーメランでカットしてもらうとみんな同じ「段カット」になってしまうのだ。私はそれを密かに「ブーメランカット」と呼んでいた。まごうことなきダダンッ!と段になっている秀樹もビックリのブーメラン、ブーメラン♪ブーメランカットになるのはまっぴらごめんだった私は、一度もブーメランへ足を踏み入れることはなかった。
あの頃、それでもブーメランへ皆が通っていたのは皆と一緒が楽ちんだったからだろうなぁと思っている。
私は違う美容院へ行っていたため、肩までの髪の毛であっても自分なりのこだわりを美容師へ伝えていた。髪の毛の裾の方だけに段を入れて下さい、耳は全部出さないで下さい、そのような事をお願いしていたと記憶している。段を入れるのは運動をする際に髪の毛が邪魔にならないためであったが、ブーメランカットのようにあからさまな段はいれたくなかった。
私と同じバレー部に学年で一番可愛いと噂されていたあっこちゃんがいた。あっこちゃんは私の髪型がとっても気に入っていたようで、私が髪の毛を切るたびに「それは何てお願いしているの?私もそういう風にしたい」と言ってくれた。あっこちゃんは皆と同じブーメランカットでも十分可愛かったけれど、もう少し変えればもっともっと可愛くなると思った。
「ブーメランじゃないところでカットしてみたら?」
私はストレートにあっこちゃんへ言ったこともあるのだけれど、結局あっこちゃんはずっとブーメランカットのままだった。
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右へ倣うのはほどほどが良いと思う。
何もかも飛び出した事をする必要ないけれど、一歩外れてみると違う世界が見えることもあるかも知れない。
そう思うと平凡な日々もなかなか良いものだと思えてきてしまう単純な私の心はもう、闇夜に消えて雨と共に地に染み込んでいけばいい。
そんなことを思った雨降りの夜。
遠くから微かに雨音が聞こえる。