読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

『ツナガル』 ~【第1回】短編小説の集い(B:写真)

つくりばなし

だんだん寒くなってきましたね。皆様、いかがお過ごしでしょうか?

さてさて、前回も参加させて頂きましたが、懲りずにまたお話を書いてみました。

お暇な方がいらっしゃいましたら、お付き合い頂けると嬉しいです☆

***

 

『ツナガル』

 

暗く重たい、今にも雨が降り出して来そうな空だった。

「行ってきますー」
パタパタと廊下を走ってきたシュウは、つま先を運動靴に引っ掛けて慌てて家を飛び出して行った。カンカンと階段を降りる音が聞こえたかと思うと、その音は1度止まり、今度はカンカンカンと上がってくる音がした。
「傘!傘を忘れたっ!」
そう言いながらバタンとドアを開け、再度「行ってきます!」と言いながら傘を持ち、走って出て行った。
カンカンカン。
毎朝のことながら、なんと慌ただしいことだろうとマコは思った。
もう少し早く起きれば慌てずにすむのだが、小学校が家から近いこともありギリギリまで毛布に包まれて「ん、あ、もうしません!ごめんなさい!」と寝言を言っているシュウの習性を変えることは出来なかった。
それでも要領が良く愛嬌のある子のため、先生の評判が悪くないから手に負えない。マコの声も耳に届かないようで、のんびりと毎日を過ごしているのである。
 
シュウが家を出てから30分後。寝室から髪の毛をボリボリ掻きむしり、猫背で歩く男が出てきた。目は充血し、疲れ切った表情を浮かべたカズはため息をつきながら冷蔵庫を開け、牛乳を取りだしそのままゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。ゲプッと小さなゲップをし、口の周りに白いヒゲをつけた顔でようやくマコを見て「…おはよう」と小さな声で呟いた。
物書きの仕事をしているカズは1度ペンが走り出すと止まらないため、昼も夜もわからなくなるようだ。
フラつきながら、何とか洗面所へたどり着き、水をバシャーと出すと、豪快に顔を洗い始めた。もはや顔を洗っているのか髪の毛を洗っているのかわからぬぐらいで、鏡にはびちゃびちゃと水しぶきがつき、マコは「あぁぁ…また汚して」とため息をつくのだった。
カズは顔を拭くと、洗濯機から濡れた洗濯物を取り出しカゴに入れ、ベランダの戸を開け外へ出た。雲行きは更に怪しくなっているのに、ルーフがあるから大丈夫とでも思っているのか、なんでもないことのように洗濯物を干し始めた。
シャツの皺を取るため、パンパンと服を振っているカズの背中が、こんなにも広くて逞しかっただろうかとマコはぼんやりと眺めながら思っていた。触れたいけれど、今は触れられない。そんなもどかしさと一緒に。
洗濯物を干し終えたカズは、窓際に置いてある鳥かごを開け、「おい、ピースケ、ご飯だぞ」と皮ばかりになった餌を取り換えはじめた。
ピースケは止まり木をチョコチョコと横に移動し、カズの様子を伺っていた。カズが鳥かごから離れ安心したのか、程なくして餌を美味しそうについばんだ。
 
カズはテーブルにあったタバコに手を伸ばし、火を点けた。口から吐き出される煙が白く空中に揺らめいた。「タバコなんてやめればいいのに」とマコは思っていたのだが、その揺らめきと香りはなぜだかマコを安心させた。心地良さに包まれたマコはだんだん眠たくなってきた。そんなマコとは裏腹に空はさらに黒い雲で覆われていったのだった。
 
 
「ただいまー!!」
 
シュウの元気な声が部屋中に響き渡った。マコはその声で目を覚ました。
「ちょっと、お父さん!雨だよ、もう降ってるってば。洗濯物を取り込まないと!」
シュウは運動靴を脱ぎ捨てると、バタバタとベランダへ走って行き、勢いよく戸を開けた。
降り出した雨は強風に煽られ、部屋の中まで入り込んできた。
「お、シュウ、わりぃな。てか、吹き込んでるじゃないか!」
カズはやっと状況を飲み込んだようで慌てて洗濯物を取り込み始めた。
 ぴちゃん。
 吹き込んだ雨はマコの顔を濡らした。
 ぴちゃんぴちゃん。
 更に何滴か。
 洗濯物を何とか取り込み、戸を閉めたシュウはびしょびしょになった手をシャツで拭きながらマコを見た。
「あぁ…お母さんの顔、濡れちゃったね」
シュウは湿ったズボンのポケットからハンカチを取り出すと、マコにゆっくりと近づいた。
 「なんだか、泣いてるみたいだね、お母さん」
 シュウは少し寂しそうにそう言った。
「そんなことないさ。ほら、こうすると笑ってるだろう?」
 カズはシュウの手を取り、マコの顔についた水滴を一緒に拭った。
 「うん。いつものお母さんだ」
 シュウは優しく微笑むとカズの手をぎゅっとつかんだ。
 
マコは嬉しかった。
2人が笑っている姿の自分を「いつものお母さん」と覚えていてくれることが嬉しかった。
もう、2人を見守るだけでマコは何もしてあげられないのだけれど。
嬉しさで泣きたくても泣けないまま、マコはフォトフレームの中でずっと微笑み続けるのだった。
 
 
「ありがとう」
 
どこからか声がした。
 
 
 「ピースケ、またお母さんの真似をしてるんだね」
 
シュウは目に涙を浮かべたままカズの胸に顔をうずめ、声を震わせながらそう言った。
カズは大きな手のひらでシュウの背中を優しく包み込んだのだった。
 

f:id:bambi_eco1020:20141027002715j:plain