家から歩いて10分ぐらいのところに5階建ての団地が2棟建っていた。その団地は通学路のすぐ脇にあったので、私はいつも団地を眺めながら登校していた。
戸建てに住んでいた私にとって団地というものは不思議な存在だった。この大きな建物の中にいくつもの家があって、それぞれがそれぞれの暮らしをしているということを言葉だけでは知っていたけれど、いまいち理解しきれずにいた。
団地の5階に同じクラスのマナちゃんが住んでいた。時々、遊びに行っていたのだけれどマナちゃんの部屋は1つ違いのお姉さんと一緒の部屋だった。机が2つ並んでいて、窓が1つと押入れがあるような普通のお部屋で、私たちはトランプやドンジャラをしたり、おしゃべりして遊んでいた。楽しすぎて声が大きくなってしまうとマナちゃんのお母さんが顔を出して「外で遊んできなさい」と言うのが常だった。
団地の北側にはブランコ、滑り台、シーソー、砂場がある公園があった。団地と共に作られた公園は団地に住んでいる人のものであるイメージ(実際そうだと思うけど)が強く、普段は遊びにこないのだけれど、団地に住んでいるマナちゃんがいるときは胸を張って遊ぶことができた。その公園でただひたすらブランコをこいだり、西隣にある駐車場でバドミントンをして遊んだ。マナちゃんはバドミントンが上手だったのでムキになって遊んでいるとあっという間に時間が過ぎ、役所が流す「夕焼け小焼け」の音楽が響いてきた。
「よいこのみなさん、もうすぐ日が暮れます。車に気をつけて早くおうちに帰りましょう」
音楽と放送と聞きながら、私は真っ赤な夕日に押され、慌てて家に帰ったものである。
マナちゃん家のお隣に30代半ばぐらいの女性が住んでいらっしゃった。3歳くらいのお子さんがいたのでおそらく主婦だったと思うのだが、名も忘れたくらいのその人の家に私もお邪魔したことがある。マナちゃんが可愛がってもらっていたようで、階段で女性に会ったときに「マナちゃん、遊びにいらっしゃいよ」と誘ってくれたのだ。一緒にいたどこの誰だかわからぬ私をもその女性は家にあげてくれた。
楽しい時間を過ごしたことは覚えているのだが、具体的に何をして遊んだかはまったく覚えていない。覚えていることは帰りがけに女性がハートの模様があるかわいい種を私達にくれたことだけである。
私は家に帰ってから、植物図鑑を開いてそれが何の種なのか調べた。「フウセンカズラ」だった。私はフウセンカズラの種を宝物を入れる箱の中へ入れて、時々出しては眺めていた。
フウセンカズラのハートの模様が優しさのかたまりのような気がして、団地って大きな家族みたいで良いなって思ったのだ。
***
『団地のはなし』を読んだ。
団地に関する小説、詩、写真、漫画、インタビュー……など盛りだくさんで楽しく読むことができた。団地住まいに憧れがあった私のような人もいるし、団地に住んでいたからそこ嫌悪感を抱く人もいる。「団地」って良くも悪くもアパートやマンションとは違うカタチがあったような気がするのだ。
みんなひとつくらい団地の思い出ってあるんじゃないのかな?と思えてしまうくらい団地って面白いところだったように感じている。
今日みたいな良く晴れた日はお布団がたくさん干してあって、洗濯物がパタパタ揺れていて、時々、子どもを叱るお母さんの声が響いてくるんだろうなって想像できるのが「団地」だと思っている。
- 作者: 山内マリコ,最果タヒ,茂木綾子,ジェーン・スー,佐々木俊尚,菊池亜希子,松田青子,?田菜月,カシワイ,東京R不動産
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