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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

プラネタリウムとわたし

「今年は毎月プラネタリウムへ行こうね」

小学4年生ぐらいの頃、母が急にそう言いだしたため、その年は毎月プラネタリウムへ行った。

プラネタリウムは児童館の2階にある小さなもので、大人100円こども50円程度の価格設定になっている地域に密着した施設だった。母が毎月行こうと言い出したのはプログラムが毎月変わるので、12回行けばコンプリートでしょ?って感覚だったのだと思う。

行くのは決まって日曜日の午後だった。あの頃は学校が土曜日まであったし、日曜日の午前中は教会へ行っていたからだ。昼食を軽く取り、児童館へ向かう。暖かい日もあれば風が吹き抜ける日もあった。暑いだとか寒いだとか言いながら、やや上り坂になった道をひぃひぃ言いながら自転車をこぐのも楽しかったのかも知れない。

プラネタリウムはいつも「この町は現在夕方です。今から日が沈みます」という設定から始まる。太陽が沈んでいくと、代わるように星が現れ始めた。毎月通っていて気づいたことは、昨月までは地平線ぎりぎりにあった星が1ヶ月で位置を変えることだったり、やたらと輝く星を基準として自分が星を探し当てるようになったことだった。

星を眺めてぼやっとしていると、ギリシャ神話の上映が始まる。

「このようなことからこの◯◯座があるのです」

そんな感じで終わる話であったが、ただ星を眺めるよりはそこにストーリーがある方がわかりやすく、興味も持ちやすかったように思う。

星座の話を交えた星の説明をプラネタリウムの人がして下さって、この町がだんだん朝になりますという設定で終わる。

1時間にも満たない時間だが、架空の夜空の中で過ごしたあとに外へ出るとまだ真昼間だという現実に頭がなかなか切り替わらず、ぼんやりすることがあった。そのようなときは、児童館1階にある光ったボタンをひたすら押す(おそらく反射神経トレーナー)遊びをしてから家へ帰った。

その後、私が星に興味を持ち続けているかと言うと、残念ながらそんなことはなかった。だが、夜空に煌いている星が神秘的で綺麗だと思えているのはプラネタリウムでの経験がひとつの要因だと思っている。

あの頃に毎月プラネタリウムを観に行った記憶はずっと私の中で小さな光を放っている。

***

穂高明の「夜明けのカノープス」を読んだ。

主人公、映子はややこじらせている女子である。なんでも「どうせ……」ではじまる言葉を使いそうな雰囲気がぷんぷん漂っている映子だが、背景にある不安や切なさを思えばそれもまた少々可愛らしく思えた。特に大きな何かがある話ではなく、淡々と進んで行くのだが一気に読めるのは、少しずつでも前に進む映子を見届けたくなったからなのかも知れない。すべてが淡いような色合いで雰囲気も良いお話だったが、終盤がやや駆け足気味に感じたのが残念な気がした。

カノープスなどの星の話、プラネタリウムの話は興味深くて楽しかった。

 

だから、また、プラネタリウムへ行きたいと思ったのだ。

 

夜明けのカノープス

夜明けのカノープス

 

 

 穂高明は「月のうた」がやっぱり好きだと思った。

月のうた (ポプラ文庫)

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