バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

夏の日の午後。


それはとても暑い日だった。
流れ出る汗をハンカチで抑えながら、涼を求めて小走りに駅ビルに入る。
駅前の再開発によって建てられたこのビルは、入ってすぐ書店があり待ち合わせには最適であった。
平日の昼下がりは人もまばらで穏やかな空気が流れている。
アヤは目についた女性誌をパラパラめくり、流行りの服を眺めていた。
「ネオンカラーの服ね…私はちょっとなぁ…」
ぶつぶつ言いながらも頭の中ではファッションショーが始まる。
雑誌の人気モデルの服を次々に自分に当てはめていくも
あまりの似合わなさに笑いがこみ上げてくる。
まあ、そんなもんだよね…と雑誌を棚に戻しかけた時、
メールの着信音が鳴った。
慌ててショルダーバッグの中から携帯を探し出し画面を見つめる。

もうすぐ着くから外で待ってて。

何でもない一文なのに、アヤの顔はほころび、喜びを隠せない。
これから冷房天国を出て灼熱地獄へ向かわねばならないのに
足取りはなんだか軽かった。

外に出るとあまりの暑さに面食らい目が慣れるまでしばらくの時間を要した。
やっと周りの景色が見え始めた頃、見慣れた白い車がアヤの目の前で止まった。
運転席で手を振るユウが見え、ドキンとしたものの、悟られぬよう
静かに助手席のドアを開け車に乗り込む。

「ちょ、ちょっと遅かったじゃん!また汗が出てきちゃったじゃない!」
「ごめん。仕事すぐに抜けられなくて…。でも会いたかったでしょ?」

ユウに気持ちを見透かされ返事も出来ず、流れる汗を拭いながら
ただただハンドルを握るしなやかな手と腕にはめられたゴツイ腕時計を眺めることしかできなかった。
しばらく沈黙が続く。
でもアヤはこの沈黙が嫌いじゃなかった。むしろ好きなくらい。
言葉がなくても時間を共有しているのはたまらないものがあった。

「ねぇ、昼メシ食べた?俺まだだからちょっとつきあってよ」

ユウはそう言うとチェーン店のイタリアンレストランに入っていく。
アヤもなんだかお腹が空いてきた。

中途半端な時間のためか店内はとても空いていた。
ミートソーススパゲティを注文し、しばらくするとウェイトレスが料理を運んできた。
「宜しければこのチーズをかけてお召し上がり下さい」
ミートソースと一緒に運ばれてきたのは、ハンドル回すと粉チーズが出てくる機械だった。
「へぇ〜、チェーン店でもこんなの出てくるんだね」
アヤはそう言いながらハンドルを回してみたが…なんだか上手く回らない。
「どうした?俺がやってやる」
ユウはアヤからその機械を奪うとゆっくりとハンドルを回し始める。
アヤの赤いミートソースの上に白い粉チーズが雪のようにパラパラと降りかかった。
「ほれ、みろ!」
得意げな顔でユウはさらに自分のミートソースの上でハンドルを回す。
次の瞬間、、、「あ"っ!」
軽やかに回っていたハンドルが外れ、粉チーズがドバドバと赤いミートソースの上に降りかかった。
もはや赤いミートソースではない。

「あははっ」

アヤがあまりに大きな声で笑ったため
ウェイトレスが何事かとこちらをチラチラ見ている。

「・・・おいっ、壊したのバレるからあんまり大きな声出すなって!」

「だって・・・うふふ」

目の前で白くなったミートソースもハンドルを直そうとする慌てふためいたユウもどちらもなんだか可笑しくてとても愛おしかった。


***


ほぼ実話なのであのハンドル直したんだっけ??といまだに思ってます☆