バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

本を薦めること

先日、ある図書館が主催のビブリオバトルが行われたので見に行った。事前に友人がバトラーとして出場するとの話を聞いていたので友人を見に行ったわけだが、思った以上に楽しい時間を過ごせた。

ビブリオバトルはバトラーと呼ばれる紹介者が5分の持ち時間で自分の好きな本について語り、観客が一番読みたいと思った本に投票し、チャンプ本を決める競技である。

今回は10名のバトラー(うち3名は中学生)がそれぞれ持ちよった本について自分なりの言葉と知識で語ってくれた。最年少は中学1年生の男の子で、息子も読んでいる「電車でいこう!」という本について紹介していた。こないだまで小学生だったあどけなさを残した少年は、自身が電車好きであること、普段は本をあまり読まないのにのめりこめたことなどをにこにこしながら話してくれた。中学生の3名はそれぞれがどれだけその本を好きであるかに焦点をあてて、話してくれたように感じた。「好き」の力は偉大である。

大人部門の7名はただ「好き」というだけではなく、その本との不思議な出会いや、知見を得た喜びなど色んな角度から話されていた。話を聞いていると本だけではなく、バトラーの方にも興味がわいてきてしまった。

最終的にチャンプ本は中学生の女の子が紹介した「猫と幽霊と日曜日の革命 サクラダリセット1」だった。サクラダリセットはアニメは観たけれど本は読んでいないので、彼女の紹介を聞いて読んでみようと思った。

今回、ビブリオバトルに参加して(観客だけど)本を薦めることについて考えた。「ちょっとこれ面白いよ!」と軽く友人に話す場合もあれば、私のようにブログで紹介する場合もある。書店のPOP、新聞や雑誌の書評、ビブリオバトル…などアプローチの仕方が違うと自ずと薦め方も変わるように思った。例えば、友人からの薦めであるなら友人の性格や趣味も判断材料となり得る。「この人が薦めるなら読んでみよう!」と思うのはそういった判断を含んでいるだろう。私のブログでもずっと読んで下さっている方なら私の趣味嗜好を知っているので「えこさんが薦めるなら読んでみようと思いました」などと言われることもある。本の帯に自分が好む作家さんの言葉があれば気になってしまうし、推薦人ありきの判断ってけっこう多いよなぁなどとあらためて思った。さて、ではビブリオバトルはどうだろう。知らない人からの本の薦めは何を基準にして読んでみたいレーダーが発動するのだろう。ひとつは当たり前だけど、紹介される本の力だ。思わず、読んでみたいと思わされる題材であることは重要である。それからバトラーの熱量も感じたい。好きなモノについて語る人は言葉が多少たりなくても伝わってくるものである。ただ、ここで注意が必要なのは「好き」を語るあまり観客を置いてけぼりにしないことだ。好きなことについて語る時、どうしても前のめりになってちょっと早口になってまで話を続けてしまう。私もそのきらいがある。今回のビブリオバトルで決勝に残った方はどちらかというとゆっくり話をする人達であることに気がついて、「あー、人前で話すって相手を置いてけぼりにしないことだな」と思ったのだ。ほんの数秒の考える時間、納得する時間があるともう1つ笑えたりする。あまりにも話が早いとすごいなぁとは思うものの、感情がついていけないのである。

なるほどなるほど。今後、もしもビブリオバトルのバトラーになることがあるならばせめて早口にならないように気をつけようと思った。

 

個人的に本やブログの書評で好きなのは、生活の傍らに本を感じられるエッセイの延長線のような文章である。例を出すなら又吉直樹の「第2図書係補佐」。

きっと私は人が好きなのだろうと思う。

 

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)