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バンビのあくび

適度にテキトーに生きたいと思っている平民のブログです。

ペダルを踏め!

おもひでばなし 思った

未だかつてジャニーズにハマったことがない。テレビを眺めていてかっこいいな、光ってるな、などと思ったことは何度もあるが、特定の人が出ている番組をチェックしたり、その人目当てで雑誌を購入したことはない。

だが、そんな私でも思い出と紐づくジャニーズの曲はいくつかある。今日はその話を書きたいと、急に思った。

 

小学生の頃、ミニバレーを習っていた。練習日は土曜日だったのだが、大会前になると毎日練習をした。地区大会を突破し、県大会に進める程度のレベルのチームだった。

大会の日は父兄が交代で車を出してくれ、会場へ向かった。十数名の子が一台の車に乗ることはできないので、何台かの車に分かれて乗り込むのだが、その中でもハルミちゃんの家の車はとても人気があった。人気があったいちばんの理由はミニバンの8人乗りだったからである。当時はまだシートベルトが義務化しておらず、シートを倒して乗り込み、まるくなって話をしながら移動するのが楽しかったのだ。試合よりも、車での移動をわいわい楽しむのがメインなのではないか?と時々疑ってしまうほど、みんなその時間を大いに楽しんでいた。与えられた空間の中で話をするのは、ただの世間話でもちょっとだけ特別感があって、内緒話でもしているような感覚になったのだった。

ハルミちゃんは光GENJIのかーくんが好きだった。ハルミちゃんの家の車に乗ると、光GENJIの曲がよく流れていた。時々、録音していたラジオ番組も流れた。同じ時代を過ごした人ならわかると思うが、あの頃の光GENJI人気はすごかった。クラスの半分以上の女の子は光GENJIに夢中だったのではないだろうか。

友達の多くも光GENJIが好きだったので、どの曲が好きだとかあのメンバーのこういうところが好きだとか、そういった話で盛り上がっていた。私はメンバーの名前と有名な曲こそ知ってはいたけれど、光GENJIのCDは持っていなかったので、流れている曲の中には初めて聞く曲もたくさんあった。

みんなの笑い声の間から聞こえてくる光GENJIの曲はただのBGMとして聞いていただけで、特に興味も持っていなかったけれど、なぜか耳に残り、鼻歌をうたうようになった曲が1つだけあった。それは「Hurry Up」という曲だった。光GENJIのファーストアルバム『光GENJI』の2曲目に収録されているこの曲は同じアルバムに収められている「ガラスの十代」や「STAR LIGHT」よりも私の中へ入り込んできた。好きな人が乗っている電車に乗りたいのに、寝坊してしまい、慌てて自転車をこいでいるというポップな曲調の「Hurry Up」は、これから試合だという緊張した心をほろほろ柔らかくしてくれた。心がぽんぽん弾んでいるようだった。

それからは自転車に乗ると時々口ずさむようになった。

急げ Hurry Up 君を乗せた

緑の電車が 過ぎてしまう

急げ。

ペダルを踏め。

ペダルが重くなっても、もう一回転漕げばもう少し遠くへ行ける。

小学生だったあの頃の私は、閉塞的ではあったけれど、温かく守られていた世界の向こう側に憧れがあったのかも知れない。

 

最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』を読んだ。

最果タヒさんのエッセイ集なのだが、このなかに収められている「宇多田ヒカルのこと」を読んだ時に私は「Hurry Up」を思い出した。今まで生きてきた中で思い出と紐づく曲はいくつかあるのだけれど、それらの曲はラジオや街中でふと流れてきて思い出すパターンがほとんどであった。けれど、「Hurry Up」は一世を風靡した光GENJIの曲とはいえ、アルバム曲のため、日常生活の中で聞いたことはあれ以来まったくなかった。その曲を文章から連想して思い出したのだ。ああ、こんなこともあるのか、と思い、検索して久しぶりに「Hurry Up」を聞いた。

笑った。光GENJIに申し訳ないくらい、にやにや笑ってしまった。お世辞にも上手いとは言えない歌唱力で私の記憶以上にふわふわと軽かったのだ。

にやにやしながらも、大人の私には小学生の頃の私がどんどん遠くなっているのだと感じ、ちょっぴり寂しかった。

 

急げ Hurry Up 君を乗せた

僕の青春が 逃げてしまう

 

私の青春も逃げていく。

だけど、私の人生はまだまだきっと続いていく。

だから青春という言葉ではおさまらない何かを探したい。

それが何なのかまったくわからないけれど、私は今も世界の向こう側に憧れているのだ。

 

 

 

きみの言い訳は最高の芸術

きみの言い訳は最高の芸術