ミンミンゼミの声をまだ聞いていない。
ミンミンゼミはどこにいるのだろう。
先日、家に娘の友達がやってきた。楽しそうな笑い声が響いて、とてもにぎやかだった。ずっと子どもが安心して友達を連れてこれるようにしたかった。それができたことがとても嬉しかった。こんなささやかなことが嬉しいと感じてしまうほど、多くのことに心を痛めてきてしまったのだなと感じずにはいられなかった。
口からひゅうと空気が少しずつ抜けてしぼんでいかないようにするだけで、精一杯だったのだ。
お盆の長期休みに突入した。当初は帰省する予定でいたが、県が緊急警戒宣言を出したこともあり、家で過ごすことに決めた。
いつも言っているが、時間があるときの料理は楽しい。
野菜がまだ高いけれど、考えながら食することを楽しみたい。
チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』を読んだ。
チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』読みました。七篇の短編集は、どの話も感情が音を立てて動くような気がしました。
— えこ (@bambi_eco) 2020年8月3日
私は時々、自分が存在するだけで誰かを傷つけているような気がするのだけど、その思いを抱くのは私だけではないのだと思えました。
読んで良かったです。 pic.twitter.com/IDgI1NRrVJ
『大人になってからも誰かを理解しようと努力するたびに、実はその努力は道徳心からではなく、自分が傷つきたくなくて選択した、ただの卑怯さではないのかと自問した。』
— えこ (@bambi_eco) 2020年8月3日
この部分、私がよく考えることだなって思いました。
このツイートで書いたように、時々、自分が存在しているだけで誰かを傷つけているように感じている。自分が誰かにとって目障りであったり、気に入らないものであることを強く感じ取ってしまったことがあるからなのかもしれない。だが、「自分が消えればいい」などという、否定的な答えになることはない。ただひたすら、私が存在することに意味をもたせるような考えをしてみたり、遠い未来を見つめるような努力を重ねている。
「人生はたった一瞬の未来も保証してくれない」
『わたしに無害なひと』に書かれた一文は夢見るだけの未来ではなく、現実を私につきつける。
保証がない。確かにその通りだけれども、まだ始まっていないことなら自分の手で変えられる可能性も秘めていると思っている。それくらいの強さを自分は持っていると信じている。
自分のこと、信じてあげなくて誰が信じてくれるのよ!なぁ!