秋の陽射しは琥珀色をしていた。
そよぐ風が私の頬を優しく撫でながら、木々の葉をゆらゆら揺らしていた。
隣にいるあなたの髪は光にかざされ羽毛のように柔らかくふわふわ揺れていた。
触れたかった。
手で触れてその感触とあなたがそこにいることが現実なのだと知りたかった。
だが、私はただ眺めているだけであなたの髪に触れることが出来なかった。
私の手があなたの髪に触れると、健やかな天使の輪からぷわんぷわんと、わき出た胞子が四方八方へ飛び散って行くような気がして、手が震えるほど怖かったからだ。
あなたから広がる無数の網目をかいくぐっていけるほど、私の手は大きくはなかった。
私はそっとあなたの影に手を重ねてみた。
眩しい光りから逃れ、そよぐ風に吹かれ、その果てに落ちた胞子を拾うことは少しも怖くはなかった。
だが、そこからは何も生まれることなどなかったのだ。
***
『胞子文学名作選』を読んだ。
以前にも読んだのだが、きのこについて触れたために、また読みたくなってしまったのだ。
この本は苔、海藻、黴など胞子で増殖するものを題材にした小説や俳句で構成されている。装丁もさることながら、各作品によって紙を変えていたりと非常に凝ったつくりになっているのがみどころだと思う。
はっきり言ってしまうと、読みやすさを重視するのであればこの本はおすすめしない。胞子の持つ味わいや風合いに触れながら、その世界と文学を同時に感じたいのであれば、ぜひ読んで頂きたい。
太宰治「魚服記」は多くの苔の写真とともに読み進めるようになっている。羊歯(しだ)、苔、きのこが登場する魚服記は何度か繰り返し読みたくなった。
九州芸術祭文学賞最優秀作を受賞した伊藤香織「苔やはらかに。」
この話は面白かった。悩みと葛藤の様に頷くことが多かったからかも知れない。「苔やはらかに。」で使用されている紫色の紙(画像でなんとなくわかりますか?)が、昔、駄菓子屋のくじで厚紙の裏に引っ付いていた紫色の紙を思い出させた。一生懸命めくっていたな。おわかりになる方がいると嬉しい。
河井酔茗「海藻の誇」は表現の美しさと鮮やかなイラストが非常に合っていて気持ち良く読むことが出来た。
井伏鱒二「幽閉」に使用されているこのぽこぽこ紙を何度も指でなで回してしまった。
尾崎翠「第七官界彷徨」は扉絵が可愛らしい。なんだか不思議な感じの話なのに最後は着地するから面白い。不思議って表現は間違っているかも知れないけれど、おそらく読むたびに表情を変える話のような気はしている。
「胞子文学名作選」には他に小川洋子、川上弘美、多和田葉子、栗本薫、小林一茶、谷川俊太郎などの作品もあり、読みごたえは十分だと思う。読んだことがある話でも、新鮮な気分で読むことができた。
雰囲気に酔いしれて私は気分が良いのです。
胞子のようにぷわんとしばらく漂って浮かんでいたいと思います。