雨音があまりにも大きかったのでどれほど雨が降っているのだろうと外を眺めた。
目の前にあった広葉樹の木は、わりと大きな木で、上部は雨に打たれて葉が揺れていたが、下部は上の葉が守ってくれているのか揺れていなかった。だが、下部のとある枝だけは上の葉に守られず、雨がばしばし当たって揺れていた。どうやらその枝は横に飛び出し過ぎているようだった。
先日、庭木を剪定している場面を見かけた。ぴょんぴょん跳ねたように生えていた枝は丸く切り取られ、足並み揃って今から行進でもはじめるような新しい顔になっていた。
綺麗にそろえようと考えると飛び出しているものは切り落としていく。
はみ出したものは何にも守られず雨に打たれていく。
それが幸か不幸かなんて誰にもわからないし、その日の気分でさえ捉え方は変わる。
ただ、日常は流れていくだけだ。
『おるもすと』を読んだ。
起伏の少ない物語は「はじまり」や「おわり」などという線引きはなく、どこからも続いていて、またどこまでもつながっていくような気がした。ぽたぽた雫が落ちるような音が聞こえる日に文字を指でなぞりながら読んでみたくなる、そんな本だった。
時々、自分が生きているのかどうか怪しんだり、やりとりをしている友人が本当は存在していないのではないだろうかと思うことがある。
自分の存在さえも不確かなのに、関わり合う人が果たして本当に存在していると言えるのだろうか、と。ひとりで考えている時はまったく終わりが見えないのだが、外の誰かと関わることで「あ、私って存在しているんだ」と心から思えることがある。その瞬間が私は好きなのだ。
だから私は人と関わっていくのを止められないし、必要なことだと思っている。例え傷つけられることがあるとしてもだ。
そしてあなたが此処に存在していることを私が証明したい。
ずっと前に「私が死んだらスーパーヒーローだったと後世に伝えてよ」と友人に言われたことがある。なに言ってんの。ぜんぜんスーパーヒーローじゃないじゃん。バカじゃん。うははーと笑い飛ばしたけど、私にとってはスーパーヒーローなのではないかとしばらく経ってから思った。
いいよ。
世界を救うスーパーヒーローじゃなくても。
私にとってのスーパーヒーローだったって後世に伝えるよ。
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『おるもすと』
文字を指でなぞりたくなるのは、言葉を追っているだけではなく、この本が活版印刷だからである。
『おるもすと』は世田谷文学館開館20周年記念企画の一環として販売されたのだが、1400冊の限定販売だった。なぜ限定なのかというと活版印刷で刷る限界が1400冊だかららしい。紙の本の良さっていくつかあると思うのだけれど、活版印刷もそのうちの1つに入ると思っている。本当に素敵だ。
【金曜日の本】『おるもすと』に印刷される文字は、この自動活字鋳造機でつくられています。(鋳造とは、金属を溶かして型に入れて成型する製造方法です。) pic.twitter.com/ipEWrrhY53
— 世田谷文学館 (@SETABUN) March 3, 2016
【金曜日の本】活字が生まれる瞬間。『おるもすと』に使う活字たちです。 pic.twitter.com/5QpZzgrR0M
— 世田谷文学館 (@SETABUN) March 3, 2016
【金曜日の本】活字のもとになる型を、「母型(ぼけい)」といいます。『おるもすと』は、「艸林舎こばやし」さん(旧・内外文字印刷/活版工房艸林舎)が現有する、イワタ明朝体を使用しています。これが、貴重な母型です。 pic.twitter.com/1HJRDeEaWZ
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【金曜日の本】活字をストックする、「スダレケース」と呼ばれる棚です。75度の傾斜が、最も作業に適しているそうです。 pic.twitter.com/9fVieToE7w
— 世田谷文学館 (@SETABUN) March 3, 2016
【金曜日の本】『おるもすと』の刷り出し立会いに行ってきました。試し刷りを見て、文字色と、印刷位置の確認をします。活版印刷では通常、トンボ(断裁位置の見当として印刷する目印)をいれないのです(!) pic.twitter.com/jU4pAmO5xG
— 世田谷文学館 (@SETABUN) March 5, 2016
【金曜日の本】『おるもすと』は、この巨大な活版印刷機(西ドイツ製)で印刷されます。そういえば、レコードのカッティングマシーンも、ドイツ製でした。グーテンベルグ誕生の地、活版印刷の生まれ故郷ですね。 pic.twitter.com/EzhzOZsc5i
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【金曜日の本】印刷機にセットされた、『おるもすと』本文の活版です。今日も印刷中です。 pic.twitter.com/xjcK7EtePF
— 世田谷文学館 (@SETABUN) March 5, 2016
活版印刷機って味わい深くて素敵だと思う。