映画『朝が来る』を観た。
『朝が来る』
一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れる。それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。当時14歳だったひかりとは一度だけ会ったが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?
公式サイトに書いてあるあらすじは上記のとおりなのだが、実際に映画を観た私の感想は「彼女が何者であるか」だけを誇張する表現はこの映画とあんまりあっていない気がした。
物語は特別養子縁組で子どもを迎え入れた夫婦とその子を産んだ実の母親の状況や心情を交互に映し、約5年程度追った感じに組み立てられている。
夫婦は養子縁組をして子どもを授かったわけだが、育てることができない母達の状況からすれば、「ほとんどのモノを手に入れてる人が手に入れられなかった唯一の子どもを手にすること、つまりは、すべてを手にすることってずるいじゃない?」と考えたりする。なぜなら、育てられない理由がある母達は家庭環境が最悪であったり、多くの「手に入れられないモノ」があるからだ。
産みの母親、ひかりのキラキラした、お互いの愛も感じられた恋愛。そこからの、知識不足と言わざるを得ない妊娠後のギャップが胸に針をチクチク刺したような痛みを伴った。頑張って生きようとするのに転げ落ちる負の連鎖真っ只中にいる者が、すべてを手に入れた者を憎むくらい眩しく感じるのは致し方ないのかもしれない。
おそらく、置かれている立場が違うとこの映画の見え方は違ってくるだろう。
私はこの映画を観てとても良かった。
たまに、相手のことを考える想像力が欠如している気がするので、それが映像を通して見られたことは、今後の私に生きてくると思う。
波や風、音がうるさすぎずに視界に入ってくる美しい映画だと思った。
映画を観たあとの空。
時折、この空の下に会いたいひと達がいるのだなと考える。
皆に笑っていてもらいたい。
そして、会えるときに会いましょう。